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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第六章 世界の澱
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6/30 鬼さんあちら、


 和やかかは多少疑問も残るが、おおむね平穏であった茶会に突如響いた無粋なノック音。そしてその扉は控えていたメイドが対応に出る前に、ガチャリと開け放たれた。もちろん反射的にかつ流れるように私はリーナ様をかばえる位置に移動しひそかに臨戦態勢をとっていた。


 ……ほら、私、紳士だから。戦闘脳とか戦闘狂とか……そんな馬鹿な。『お嬢様、凛々しい!』とどこからともなく声が降ってきた気もするが、気のせいだろう。


 それはともかく。転がるように入室してきた人影に、一瞬部屋の中の緊張は高まったが、しかし全員が見知った人物であったので、すぐに空気は緩んだ。……まあ尋常ならざる様相だったので、それはそれで警戒心を解くわけにはいかないのだけれど。


「――まあ、先生。どうなさったのです?」


 リーナ様をかばった位置のまま、私はとりあえず、転がり込んできた人物……我らが担任、メガネが生真面目な印象を醸し出すその女性に問うた。彼女は普段のきっちりとまとめられた髪を乱し、メガネもずれ、肩で息をし、汗だくでその場でうつむいていた。それだけで十分尋常ではないが、押し付けられたとはいえ皇女の担任をも務めるに十分な教養と礼儀を持った教師であるというのにこの突撃劇である。いったい何があったというのかと、私とリーナ様はひそかに目線を交わし、眉をひそめた。――そこで。



「――シャーロット嬢、緊急事態です! 対象と遭遇戦が発生、鎮静に失敗! 現在交戦中! 救援を求めます!」



 教師が叫んだ内容は、部屋の中を衝撃で凍り付かせた。私すらも一瞬息をのみ、しかし持ち直して一歩踏み出す。


「……すぐに出ます!」

「……こちらです!」

「はい。……リーナ様、このような形での中座をお許しください。何分緊急事態でして……このお詫びはいずれ」

「私は大丈夫ですわ。早く行って差し上げて? ……もう、皆さんお元気で困っちゃいますね」

「ええ本当に。せめて数日おとなしくなるように、――へし折ってきますわ」

「ふふふ~、かっこいいですわ。シャロン様、頑張ってください!」


 その声援を胸に、私は優雅な貴族の礼を決めて、教師とともに退室をした。足早に先導する彼女に同じ速度でついてゆく。


「場所はどこです?」

「第三演習場です! 校内の散策中に、偶然遭遇したらしく……場所柄、戦闘行為は珍しくありませんからね。反応が遅れて……間に合うかしら」


 問う私も答える教師も、足に風をまとい、文字通り飛ぶように疾駆している。それでも学内は広く、そして演習場はその性質上少々遠くに位置している。教師の心配ももっともなものである。ことがことだ、一刻を争う。


 けれど、私は不敵に笑った。


「――ご安心を、先生。場所さえわかっているのなら……」

「……シャーロット嬢?」


 教師は眉を顰めるが、構わず私はそのまま魔術をさらに重ねて発動した。


「私はこのまま演習場へ向かいます。……先生は避難誘導と事後処理の用意をお願いします」


 教師が目を見開く。私は全身に闇色の風をまとっていた。


「それは……?」


 教師の声は困惑に満ちている。けれど長々説明している時間はない。


「私を誰だとお思いですか? ……大丈夫、守ってまいります」


 その言葉を最後に、私は闇へと沈んだ(・・・・・・)。教師からは私が影に溶けたように見えただろう。間際に見た彼女の顔は一瞬の驚愕はあったものの、安堵に彩られていたからまあ避難誘導と事後処理の件は問題ないだろう。最後に言った言葉が気になるけど。


「ご武運を。学院の救世女王」



 誰が『学院の救世女王』だ。教師のくせになんてこと言うんだ。



 いや、いったんおいておこう。後で絶対に追求するけど。


 ――闇の中を私は光の速度で駆け抜ける。『影歩法』という、闇魔術と風魔術、そして空間魔術を組み合わせた私のオリジナルの術である。視界はモノクロで、物理障害を無視して直線で動ける。諜報活動にも向いている実に使い勝手のいい術である。まあ多少の難点もあるにはあるが、今は割愛しよう。


 ちなみにこれは我らが『影』の皆さんが普段ガンガンに活用している術でもある。よくどこからともなく彼らの声が響いてくるのは、そのせいだ。まあ、魔術適性によって向き不向きもあるが、『影』では需要が高い魔術なので、地獄のような特訓の末死に物狂いでみんな会得していた。その訓練風景には、狂気を感じた。いつものことである。


 と、そんなことを考えている間にすでに第三演習場に私はたどり着いていた。果たして、そこに広がっていた光景は――



 興奮してハアハアと息を荒く筋肉と魔術で迫っていく変態が二人。

 悲鳴を上げ、魔術と剣術で応戦しようとしながらも顔面蒼白に逃げ惑う女性が二人。



 ……そう。とうとう、起こってしまったのだ。隣国皇女主従と、わが学園に生息する変態師匠連の、エンカウントが――――。








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