6/29 その炎はぬくもりたりえるか
それはもう、『影』さんたちの間でソレイラ殿は大炎上した。ちなみにその日私についていた『影』はマンダだったのだが、それがある意味救いであったといえるだろう。マンダは、一見粗暴に見えるが、筆頭双璧を除いた『影』上位四名のなかでは実は一番常識的だ。切れると冷静になるタイプでもある。これがルフやディーネ、ノーミーだったりした日には、ソレイラ殿の命日は昨日だったかもしれない。証拠も残さず屠られたであろう。マンダ以外の三名は、私やエルのこととなるとどうにもやや過激で熱烈で即断速攻の傾向が垣間見えるのである。
そしてその後、無表情になったマンダがソレイラ殿にはどうにか手を出さずに、帰還。私にその発言を報告し、隣でともに報告を受けていたメリィが冷ややかにお怒りになった。怒りは『影』だけでなく全使用人に伝播した……。光のような速さだった。
「ねえシャロン。いったいどこの誰がどんな馬鹿なことをしたの……? 鍛錬場の熱気がすさまじいよ……?」
エルが青ざめていたのが昨夜の話である。闇討ち、ダメ、絶対。即座にそう指示を出した私は正しかったが、彼らの怒り発散のために鍛錬場は半壊した。彼らの愛はかくも情熱的で熱烈である。
なお、メリィはたおやかな手つきで私にお茶を用意しながらこう言っていた。
「お嬢様は人たらしでちょっと過激なだけの天使ですのに! お嬢様が野蛮人ならあのものは野生のゴリラです!」
ちょっと意味が分からない。どういうことだ……? だってたらしが否定されてないし、むしろ女に限定されない分範囲が広がっている。そして『ちょっと過激なだけの天使』って何? いい感じに言っているようで微妙に人間から遠ざかってない? 大丈夫? そのうえまさかの凛々しい系美女騎士をゴリラ扱いである。ゴリラを愛する幼女・エメに糾弾されそうだ……というのが、昨日のハイライト。
「もう、彼らをなだめるのに今朝はなかなか大変でした」
ふう、と私は紅茶を一口飲んで、遠い目をした。うん、大変だった。野生のゴリラがいる学院などいくべきではないと主張する彼らをなだめすかして時にちぎっては投げ、ちぎっては投げ……最終的に『我慢できたイイ子にはご褒美』で決着がついた。絶妙に負けた気がするが、仕方がない。これまで貴族やらの多種多様な嫌味雑言を聞き流してきたのにもかかわらず、彼らの中でどうしても私を『野蛮人』呼ばわりが許せなかったようだ。確かに『野蛮人』は初めていわれた気がする。これでも私は生粋の公爵令嬢。『野蛮』とはなかなか結び付かないだろう。私、目もくらむような美少女だし。……うん、生き写しな『血まみれ聖女』たる母を知る人たちは逆に、そんな危険なことは口走らないしね……。
けれど遠くを見る私に、リーナ様は笑った。
「ふふ。シャロン様は、愛されていますね~」
ふわりと、やさしい笑み。
「……そうですね」
大分、かなり、ものすごく、重い愛ではあるけれど、と、私も笑うしかない。くすくすと笑いあい、微妙な空気になりつつあった私たちのお茶会は穏やかさを取り戻す。うん、癒される。リーナ様のこういった気づかいや機微、優しさや空気、本質を見る聡さを、王太子殿下は愛し、そして必要としているのだろうなと、そう思う。リーナ様はちょいちょい天然でふわふわでおっとりしているが、それだけではない。次期王妃たるお方としてふさわしい才覚を持っているのだ。
ゆえに、私はリーナ様とのお茶会に癒しを求めているが、もちろんそれだけではない。だって彼女とのお茶会は実に身があるのだ。穏やかに和やかにふわふわとほのぼのと……しているにもかかわらず様々な情報のやり取りも、されるのが常であるからだ。いつだったか、それを覗き見たジルは言った。
「なるほど。頼もしい」
輝かんばかりの笑顔だった。
そして私とリーナ様は今日も今日とて談笑するのである。ジルとラルファイス殿下のやり取りであるとか、最近の流行だとか。貴族たちの情勢だとか。――そして、
「……そういえば、離宮にいらっしゃるあのお方が、最近少し体調が回復されたとか」
「まあ。そうなのですね。それでは陛下もご安心でしょう」
リーナ様が告げた情報に、微笑みながらも少し、心に留めておく。私の耳目は広いが、リーナ様はその人当たりの良さと立場から貴婦人たちの間、そして王宮でのうわさに耳ざとい。こうして私がまだつかんでいなかったうわさの片鱗をもたらしてくれることも、多いのだ。
――『離宮のあのお方』。ここ最近では久しぶりに話題に上る人物である。それもそのはず、彼はすでに表舞台を引退した人物。ジルとラルファイス殿下の祖父。そして現国王アレクシオ・メイソードの実父。
前国王、リグヴァルド・メイソードその人のことだ。
アレクシオ・メイソードは実のところ若くしてその地位を受け継いでいる。その理由はまあ先の戦争であったりといろいろとあるが……現状、リグヴァルド・メイソードは病気療養として王都から見て南東に位置する風光明媚な王家所有の離宮にて隠居しているのである。それが、少し体調が回復、とはこちらにしゃしゃり出てくる可能性があるわけで。――ぶっちゃけると国王と前国王の仲は微妙というか、あまり仲良し親子ではない。王弟クラウシオ・タロラードの件が一段落ついたばかりだというのに、王室はなかなかに火種が尽きないようである。
よって、私は今後についてふむ、と考えを巡らせた。――その時だ。部屋の扉が、激しくノックされたのは。