6/28 静かに、見ている
「――――ということがあったのですよ、リーナ様」
「あらあら、まあまあ。シャロン様もシルヴィナ様も、愛らしいですものね~」
さて、現在、学院内に数多く用意されている小さな――といってもある程度のゆったりとした広さと豪華さと優雅さを兼ね備えた――一室。木漏れ日あふれる緑がまぶしく窓の向こうに輝く中、優雅なアフタヌーンティで語らうのは、私とイリーナ・ロメルンテ公爵令嬢である。そう、私はこの美少女と『シャロン』『リーナ』と愛称で呼び合い、かつ不定期に二人だけでのお茶会を開催するほどに交友を深めているのである! お茶会! 美少女と! 腹黒ストーカー王子でもなくチンピラタヌキ国王でもなく突如過激派シスコンにジョブチェンジする可能性のある義弟でもなく、堂々たる菓子泥棒の『魔』でもなく! 天然癒し系ふわふわ美少女との、お茶会! 癒しだ!
うっかりあらぶった。
ともかく、そこで私は昨日起こったソレイラ殿とのあれこれを一通り聞いてもらっていたわけだ。
「ソレイラさんは、まじめなのですねえ。シャロン様、自由ですもの。きっと、少し困っちゃったんですね~。ふふふ~。そんなときは、ほら、甘いものでもお食べになってくださいな」
「いやあ……困っちゃってるのは私なんですけれど……」
言いながら私は言われるままにクッキーをつまみ、味わう。うむ、本日の菓子も実に美味。さすがわがランスリー家直伝。
なお、どうしてそうなったのかといえば、以前、『お嬢様とお坊ちゃまのお口にまずいものを入れるわけにはいかない!』とどういうわけか奮起した我が家のシェフたちによって知らぬ間に学院の厨房が掌握されていたからだ。見事な手腕だった。もともと王族も通う学院なのだから最高峰のものが提供されていたはずだが……まあ質は上がったのだからグッジョブとしか言えまい。ほかの生徒教師にも好評だし。
……国王には「お前、貴族子女の胃袋まで掴んで、いったい何を企んでいる……?」とあらぬ疑いをかけられたが、濡れ衣である。わが使用人さんたちに私とエルが重たく愛されているだけだ。
「まあ。シャロン様が困っちゃうほど、元気な護衛騎士様なのですか? ソレイラさんは、どちらかというとお静かな方だったと思いますけれど」
「いえ、あっていますわ。お口は静かですもの。ソレイラ殿が元気なのは視線だけですわ」
「視線ですか? 目で会話する、というものですか? ふふふ、すごいですね~」
「一歩通行な会話ですけどね。彼女の主張は激しく伝わってきますけれど私の主張は全然伝わっていないようですわね」
「あら? まあ、ふふふ~、シャロン様は、主張があるなら押し通すでしょう? お強いもの!」
「わかってらっしゃる。まあつまり、私の主張、……いえ、対応は変わらず全面スルーでしかないのです。そしてソレイラ殿への対応はそれで問題ないのですけれど……」
そこで、私は若干乾いた笑いを上げた。リーナ様が首をかしげる。栗色の髪がふわふわと揺れた。麗しい。
「……うちの使用人さんたちが少々……ヤル気で……」
「………………まあ」
リーナ様は口元に手を当てて、大きな目をさらに瞠目させてから困ったように眉を下げた。仕方があるまい。ヤル気になっているのは、うちの使用人さんたちなのだ。
「ランスリー家に仕えていらっしゃる方々は、皆さま頑張り屋さんですものね……」
リーナ様は困ったようなほほえみでもってそう評したが、うん。彼らは果たして『頑張り屋さん』でくくっていいのだろうか……? 私は「ふふふふ」ともう笑うしかできない。
――昨日、あの時。踵を返した私の背中に、ソレイラ殿は言った。
「私は、……あきらめない」
聞こえないふりをしたが、まあつまりはこれからも私とシルヴィナ様を引き離すことを諦めるつもりはないと、そういうことである。別にそれは構わない。私は彼女の言葉で左右されるほどお優しくはないし、まあソレイラ殿はそれなりに常識自体はあるので放っておいてもさしたる問題はない。
――が。そこで終われば本当に何も問題はなかったのだ。だがしかし、ソレイラ殿はやらかした。やらかしてしまったのだ、私が庭園を完全に離れた後で。そう、うちの使用人さんたちにとっての大問題が発生したのは、この時なのである。
まあ、うん。注釈を入れると、私には学院内であろうと『影』がついて居ることが多々ある。今回は一応あまり友好的とは言えないソレイラ殿とのお話だったし、ついてきていた。……断ると血涙の勢いで懇願されるので、ある程度は私もまあいいかで流しているのだ。
さて、そしてそのうえでのやり取りがあれだったので、それなりに『影』たちの機嫌は悪く、警戒心もあった。だからまあ、私が去った後も『影』はとどまり、ソレイラ殿が立ち去るのを見届けようとしていた。――その時。
「くそっ。あの女たらし……野蛮人!」
ソレイラ殿は、そう悪態をついたのだそうな……。