6/27 それも正しく優しい『愛』だと憂うことなき彼女は知るので
姫をたぶらかすな! と護衛騎士に叫ばれた。劇であれば三角関係の始まりかもしれないセリフである。
しかし、私は女で、ソレイラ殿も女で、もちろん『姫』たるシルヴィナ様も、女性である。三角関係が発生したとすると、若干特殊な部類だろう。しかしツンデレロリ系美少女(シルヴィナ様)を挟む、文武両道な正統派美少女(私)と、忠義に篤い凛々しい系美女騎士(ソレイラ殿)。物語として売り出したらそれなりに受けるかもしれない。桃色の禁断の花園である。
ではなくて。いつ、私がシルヴィナ様をたぶらかしたのだろうか。
「……何のことかしら?」
小首をかしげ、私が尋ねれば、ソレイラ殿は一気に顔をしかめ、低くうなった。
「この期に及んで、言い逃れされるおつもりですか……」
「……本当に、わからないのだけれど?」
「っ毎朝毎朝! 恋人にするように甘い声で語りかけるではありませんか! とぼけないでいただきたい! 時にはあんな、ゆ、指を絡めて、顔を近づけて……! 姫様が何度許容限界を超えて倒れてしまわれたか!」
ソレイラ殿の顔は、真っ赤だった。案外、純情なのかもしれない。しかし……これにもまた私としては、「……えー……」というしかない。
落ち着いて、事実を正しく認識してほしい。
まず、シルヴィナ様が倒れたのは、最初の一回であって、それ以降はほほを染めることはあっても気絶はしていない。そして、基本、私は女の子には紳士である。差別はしないが、区別はする。繊細な女子にはそれなりの接し方というものがあるのだ。だから私はシルヴィナ様だけでなく、女性全般に同様に丁寧に接している。そういう扱いを嫌うだろうという女性にはもちろん相応の配慮もする。私は空気の読める女なのだ。
……まあ、ちょっと面倒くさくなったときとか、場をごまかさねばならない時には多少やりすぎたこともある、とは認めよう。思った以上に皇女が箱入りで耐性がなかったのである。なので、気絶事件以降は気を使ってやりすぎないようにしている。むしろ天然なのかどこからか学んでしまったのか、シルヴィナ様のほうが積極的に手を絡めてくるし、顔は近い。彼女の距離感はどこかでちょっと回路が混線しているのかもしれない。
シルヴィナ様の場合は『ジルに一目ぼれの状態から脱させるためにたぶらかして来い』という女の敵でしかない発言をした国王陛下の命によって接触したのが最初ではあるが、あくまで私は節度を保って優しく仲よくしただけだ。不健全なことは何もない。そもそも、学院には教師もいればジル達もいて、目に余ればいさめる義務と権利を持っている。しかし見逃されているのだから、私の行動は大した問題ではないのである。つまりは『姉妹ごっこ』の延長の域を出ないのだ。
確かに、私はシルヴィナ様に慕われていると思う。彼女のロマンチック思考も相まって、なんていうか、ちょっと「おおう……なるほど……」となるくらいに好かれている。しかし、私たちの間にあるのはあくまで……『姉妹ごっこ』だ。それでしかなく、まあ多少戯れが過ぎようとも苦笑で済まされる範囲でしかない。
それを私は理解している。
――そして、当のシルヴィナ様だって、理解しているだろう。
なぜなら彼女は、箱入りとはいえ、皇女だ。『暴走皇女』の烙印を押されていようが何だろうが、最低限の許容ラインを見極めて、彼女は動いている。つまりは、節度をわきまえているのだ。その彼女が、わかっていないとは思えない。
ジルにはまあ口論じみたこともするが友人としての範囲だし、実際国王夫妻や王太子殿下には『子供のわがまま』以上のことは言っていない。……春に私に会いに来たのはたった一回だったように。あの時に周囲の度肝を抜いた飛び降り事件だって、私の技量と自身の技量、双方に絶対的な信頼と自信があったからだろう。エルにも威嚇はするが、実際の邪魔はしないし、身分上平民ということになっているエイヴァにも平等に親しく接している。まあヴァルキア帝国は脳筋大国な分、身分よりもその実力を評価する部分もあるにはある、ということも関係しているのだろうが。……まあ、なんにせよ、ただの『暴走皇女』では国の名を背負う『留学生』など務まらないのだ。
私とシルヴィナ様の間にあるのはどこまで行っても『親愛』でしかなく、『友愛』でしかない。それ以上にはならない。まあ、万が一、それ以上……『恋愛感情』があったとして、どうこうなることもないと、私は思う。
なぜなら彼女は『私』よりも『国王』寄りの人間だ。
同類だが仲間ではない、内面チンピラタヌキ親父は、最後に『国王』という立場をとる。『国』を守るために誰かを切り捨てる。シルヴィナ様も同じだ。『皇女』として、母国を守る。不要なら切り捨てるだろう。それがどれだけつらくても、私情も友愛も恋情も、切って捨てて『国』をとる。そして最後の選択で『人』をとる私を、シルヴィナ様は知っているから、私と彼女は『友人』にはなれても『パートナー』には、なれないだろう。
……まあ、そんな究極選択を迫られるようなことにならず、平和に仲良くやっていけるようにするのが、私を含め特権階級どもの仕事でもあるのだけどね。
話がそれた気がする。戻そう。
つまり何が言いたいのかというと、私とシルヴィナ様の間にあるのは『親愛』と『友愛』であって、『姉妹ごっこ』でしかないことを双方承知なのだから、たぶらかしていないしたぶらかされてもいないのである、ということだ。それをソレイラ殿にもさらりとまとめて話し、私は彼女を見据える。
「……本当は、あなただって、気づいていたでしょう?」
「……」
返ってきたのは沈黙、そして鋭い視線が私を射抜き、ゆっくり、逸らされる。だから私は話はこれで終わったとばかりに、「それでは、話は以上ね。ごきげんよう」と声をかけると踵を返し、そのまま庭園を去ったのだ。……背後から聞こえた声は、届かなかったふりをして。