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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第六章 世界の澱
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6/26 接触、その落差ゆえに


 それは少し日差しの強い日の昼下がり。


「少し、姫様について、お話がございます。お時間をいただけませんか?」


 今朝、そっとソレイラ殿から耳打ちされた言葉に従い、私たちは二人、あまり使われていない庭園の一つで向かい合っていた。


 ちなみにシルヴィナ様は午後に入ってから王城に赴いており、国王や王妃殿下とのお茶会である。学院に付き従うことを許された護衛騎士はソレイラ殿だけだが、別に彼女一人が専属護衛なわけもない。王城では別の騎士がそばで皇女を守っているはずである。まあ皇女に付き従う以外にも報告書の作成や、体をなまらせないための訓練、それらに伴う我が国の者たちとの交流、安全確保のための情報収集等々業務は多いため、決して暇なわけではないのだが、そんな貴重な時間を割いてまで私に話したいことがあるらしい。


「それで、お話とは?」


 私も暇ではないので、単刀直入。本題に入る。私とソレイラ殿の間には二メートルほどの間隔。そこを少し熱をはらんだ風が通り抜ける。もう少し経てば、夏が来る。エイヴァ(馬鹿)が元気になる、夏が……。


 と、私がどこか遠い目をして馬鹿への制裁方法へと思いをはせている間も、ソレイラ殿は言葉を探すように私をじっと見つめている。……まあこれが、今までのことはきれいに水に流してこれからは仲良くやっていきましょう、的なことであれば問題ないが、十中八九そうではないだろう。というか、まあ、予想もついている。


 そして、口を開いたソレイラ殿から飛び出したセリフは、果たして。


「……無礼を承知で申し上げます。……これ以上姫様に、近づかないでいただきたい。ランスリー公爵令嬢」


 見事なまでに、想像にたがわない言葉だった。きりっとした空色の瞳が私を射抜かんと光っている。


「……」


 私は、沈黙でもって返すしか、できない。できなかった。ショック、ではない。予想にたがわぬ言葉であったのだから。それを踏まえて、私には返す言葉がない。返す言葉がないというか、遠慮なく正直な回答を言うとしても、私は内心、「えー……」としか言えない。うん。もしくは「いやぁ……うーん……」としか言えない。やっぱり言葉がないわ。


 考えてみよう。『近づくな』……姫様、つまりシルヴィナ様に、『近づくな』……。私は、果たして、私から(・・・)シルヴィナ様に近づいただろうか……? それはもちろん、朝の挨拶などではそういうこともあるが……礼儀だし。授業では私とシルヴィナ様が教師によって組まされることも多いが、身分と実力を鑑みた不可抗力だし……それも最近はシルヴィナ様の交流の幅が広がって、別の子と組むことも増えた。それでも私とシルヴィナ様が学院での一日の半分以上をくっついて過ごしているのは、ひとえにシルヴィナ様が突撃してくるからである。シルヴィナ様は、いつでも、毎日、何がそんなに彼女を駆り立てるのか、ぐいぐい来る。それはもう、ストーカー王子がうなるほど、ぐいぐい来る。


 ……なぜ私たちの教室に毎朝学年が違うはずのジルがいるのかという疑問は『彼がストーカーだから』としか言えない。なお、ジルはジル自身のストーカー(皇太子殿下と時々イリーナ様、そして女生徒)を引き連れてくるのでうちの教室は毎朝にぎにぎしい。教師は常に入室するのをためらっている。曰く、『目に麗しいが、いろんな意味で心に厳しい教室だ』とのことである。そんな私たちが第二回生に上がる際には壮絶な担任教諭の席の押し付け合いが発生したのは知っているが、黙殺している。そう、第一回生の時は筋肉だるまが担任だったが、皇女の編入してくる今年は筋肉だるまはほかの学年に押し付けられた。現在はメガネが生真面目さを演出する、毒にも薬にもならない平穏を愛する光魔術特化の女性教師が担任である。


 話がそれた。


 ともかく、ぐいぐい来る皇女に、あの愛らしさを全開にして、「お姉さまぁ!」と駆け寄られては、私は両腕を広げて受け入れ態勢でスタンバイするという選択肢しか思い浮かばない。それを『近づくな』……難しいことをおっしゃる。無理難題である。


「……」


 私と皇女の接触を本気で阻止したいのであれば、まずどうにかすべきは、シルヴィナ様である。そんな意味を込めた視線を送った。まあいさめて諫言して提言して、すべて却下されているというのは知っているけど。だからもはや私のほうに言うしかなかったんだろうとも思うけど。


 交差する視線、見つめ合う私たち。彼女は眼光鋭く、私は「無茶言うな」という言葉を載せて。


「……くっ」


 先に視線をそらしたのはソレイラ殿だった。仕方がないだろう、何しろソレイラ殿自身にも『無茶言ってるな自分……』との自覚が見え隠れしていたのだ。これはソレイラ殿の負け戦である。しかし、ソレイラ殿はここで引き下がりはしなかった。


「……ともかく! 姫をたぶらかすのはやめていただきたい!」


 視線をぐっと私に戻し、そう叫んだのだった。










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