6/19 鮮やかすぎて目がくらむ
シルヴィナ様は語りつくした。いかに私が歓迎会の場で華麗にふるまっていたのか。どれほどに美しかったのか。周りのどんなに魅了されたか。近くにいたはずでほぼほぼ同じような行動をしていたはずのジルのことはかけらも出てこなかった。存在自体を認識していないかのような語りっぷりであるが、あのころまだ彼女はジルに絶賛片思い中であったはずである。そして私がシルヴィナ様と仲良くなったのは歓迎会の後日開かれたお茶会だ。なのにこの注目度はどうしたことか。……たぶん、当時はジルを見ていて、私も見えていて、現在私を慕ってくださっているシルヴィナ様としては大いに記憶が美化された結果、私の印象だけが残っているのだろう。きっと。……ジルといいラルファイス殿下といい、シルヴィナ様といい、国主の子女にはストーカーの才能があるのかもしれないという疑惑など、私は気づかなかった。うん、気づかなかった!
「……そしてお茶会では優しくわたくしに話しかけてくださって……! 魔術もさることながら武術もたしなまれているお姉さまは身のこなしも軽く、散策で石に躓いたわたくしを支えて守って下さって……!」
シルヴィナ様の語りはまだまだ続いている。エイヴァはふむふむと存外まじめに相槌を打ちながら聞いており、真剣な様子だ。それにますますシルヴィナ様の熱が入るという謎の循環が生まれている。
それ以外のクラスメイトは非常に生暖かい目で私をみていたし、エルに至っては「シャロンは手が早いなあ……」などと激しく誤解を招きかねない発言をしていた。どういう意味だ。うん、義弟よ、今日は学校が終わったらお話があります。
などと思って私は私で半目になっている間に、とうとうシルヴィナ様のお話は佳境に入った。
「……こうして! わたくしはお姉さまと出会い、その素晴らしさに胸打たれ、敬愛を込めて『お姉さま』と呼ばせていただいていますの! 国が違いますもの、さすがにそうそうお会いすることはできませんでしたけれど……愛溢れるお手紙を何度もいただいていますわ! もはやわたくしとお姉さまは魂で結ばれておりますのよ! たとえ弟君といえどもその間に入ることなどできませんわ! ……でも、まあ、少しは一緒に仲良くしてあげてもいいですわ! お、弟君のためではないですけれど! ねえ、お姉さまぁ!」
咲きこぼれんばかりの花のような笑顔で、全力でシルヴィナ様が私に振ってきた。その向こうではエイヴァが、
「そうなのか? シャーロット」
と非常に無邪気に首をかしげている。私の腕にはきらきらとまぶしい笑顔で私が肯定の返事を返すことに何ら疑いを抱いていない皇女様。その向こうには純粋な瞳で返答を待っている最古の『魔』。周囲には生暖かさあふれる視線しか投げない、エルを含めたクラスメイト。いつの間にやらやってきていた教師までそこに仲間入りを果たしている。何を傍観している教師。助けろください。
私は視線で救いを求めたが、どこからもそんなものはもたらされなかった。
……隣国の皇女に真っ向から否定なんぞはできもしない。うん。よし話をそらそう。そう私は切り替え、飛び切りのイケメン笑顔を張り付けた。
「……ふふ、まあまあ、シルヴィナ様ったら。確かに『お姉さま』と、ほかでもないあなた様に呼んでいただけるなんて、うれしいですわ」
「お姉さまぁ!」
「ですけれど……」
「……お姉さま?」
「私にとってシルヴィナ様は、『姉妹』という枠にとらわれない、とても大切なお方ですわ?」
「!」
「だから……『お姉さま』と呼んでくださって、かわいい弟だけでなく妹までできたようで、うれしいのですけれど……あなた様が私にとって大切なお方だからこそ、おかわいらしいお声で私の名を呼んでほしいとも、贅沢にも思ってしまいますの……」
だめ、ですか?
イケメン笑顔から一転、そっとシルヴィナ様の両手を右手で握り、左手は彼女の腰に添え、わずかだけ顔を近づけて、私は眉を下げてほほ笑む。
私は返答の中で、嘘はついていないがシルヴィナ様の発言を肯定も否定もしていない上に微妙に前後の脈絡がない。判っているが、そんなことはどうでもいいのである。シルヴィナ様が何ら疑問に思っていない、ならばそれで問題はない。
だってシルヴィナ様の頬はリンゴのよう。パクパクと口を小さく開け閉めしては「ダメなことないですわぁ……!」と蚊の鳴くような声で言った。……よし。このまま押し切ろう。
そして私はあともうほんの少しだけ顔を近づけ、右手を彼女の両手から頬に滑らせ、わずかだけ低めた声で。
「うれしい……。呼んで、くださいます?」
囁く。
「ひぇっ! ……しゃ、ひゃ、しゃーろっと、さまぁ……」
シルヴィナ様はそう私の名をしたったらずに、しかし確かに、呼んだ。そしてこれ以上ないほど、頭の先から足の先まで真っ赤になって……うん、そのまま、目をまわした……。
……あかん。やりすぎた。ちょっと話を逸らすつもりが、教室は静まり返っている。
「……」
「……」
「……」
シルヴィナ様は、ソレイラ殿に素早く回収された。その時非常に視線が鋭かったが、それ以外の周囲の視線もものすごく突き刺さっていた。しかし半数以上はほほを染め恥ずかし気に私を見つめてもじもじとしている。また残りの半数も、「鮮やかすぎる」「詐欺師の手並み」と何か失礼なことを言いつつも顔を赤くしていた。エルだけが頭を抱えている。そんなに刺激が強かっただろうか。割と一年生のころから見慣れた光景ではないだろうか。
それにうちの使用人さんたちはどんな時でも全力で愛を求めてくるのでこんなものではないのだけれど。現にどこからともなく「うらやましい……!」との言葉が聞こえるような聞こえないような。後でかまってあげるから、やめなさい。
チャイムはとっくに鳴っているが、教室はあまりに混とんとした空気で、だれも動き出せなかった。そんな中、エイヴァだけがぽかんと口を開け、少し顎に手を当てて悩み、そして合点がいったように手を打って、笑った。
「なるほど。つまりそなたら、『禁断の恋人同士』か!」
誤解を解くのに、三時間かかった。その日の午前中の授業はつぶれた。