6/18 素直は美徳か
そしてやってきた転入生は、ツンデレだった。
何を言っているんだといわれそうだが事実である。そして、その事実に救われていることもまた、抗いようのない現実なのであった。そう、あれは新学年が始まってたったの三日しかたっていなかった日のことである。
「ずっと聞きたかったのだが……シャーロットはエルシオの『義姉』であって、あなたの姉ではないのではないですか?」
朝、教室。座学が始まる前、ひと時の歓談の時間。そのさなか、発された言葉は白髪の美少年の声、心底不思議そうな無邪気さをたたえていた。妙に響いたその透き通るような美声は瞬時に教室中を凍り付かせた。
なぜなら、それを問われた相手は皇女。魔力の高さから当然のように私たちと同じクラスとなった、ヴァルキア帝国の姫。そしてエイヴァが無邪気にも発した疑問は、皇女が転入初日から頬を上気させ幼げな顔を喜色でいっぱいにしながら私の腕をとって『お姉さまぁ!』と呼ばわった挙句、隣にいるエルに対して再々『わたくしのお姉さまよ! とっちゃダメですわよ!』とけん制に余念がないがために何とも形容しがたい微妙な表情でもって答えていたエル、という混とんとした光景を見ていたクラスメイト、あるいは同級生、いっそのこと教員を含めた学院内の目撃者全員が心に浮かべて、そっと奥にしまった疑問であったからである。
そのうえ、エイヴァは正しい。私はエルシオ・ランスリーの『義姉』であってシルヴィナ皇女の『姉』ではないのである。
しかし正しいからと言って無邪気にそれを本人にぶつけてはいけない。暗黙の了解であるはずだった。だからこそ――まあ私としては大いにかわいらしいので構わないという心情もあるが――私はスルーを決め込みエルは微妙な表情で言葉を濁していたのであって、クラスメイトも疑問は胸の奥にそっとカギをかけてしまっていたのである。
しかしエイヴァは空気が壊滅的に読めなかった。彼にとって空気は、ただただ吸って、吐くものである。生態的に呼吸がもしかしたら必要がないのかもしれないという疑惑すら持つ人外ではあるが、ともかくエイヴァにとって空気とは読むものではなかったのは明らかである。
エイヴァの問いによって騒めいていた朝の教室は静まり返り、私にじゃれついていたシルヴィナ様は大きな瞳を見開いてエイヴァを注視した。控えていた護衛騎士はいつでも指示に従えるように、あるいは暴走皇女を制止できるように、わずかに身構えたようである。
しかしエイヴァは空気が読めないので平然としたものだ。
「ほら、シャーロットは、エルシオの、『義姉』でしょう? それとも、あなたとシャーロットは、血のつながりでも、あるのですか?」
エイヴァの瞳は純粋だった。どこまでも不思議がっているだけの、宝石のような透色の瞳はあまりにも美しかった。皇女は質問を受け、プルプルと震えている。これはまずいと誰もが思った。しかしエイヴァを物理的に黙らせるには、私は皇女に腕をつかまれ、位置的に厳しかった。そのため察したエルがさっと動き出し――が。
「ま、まあ! そ、そこまで聞くのなら、教えてあげなくてもなくってよ!」
ふわり、ピンクブラウンのツインテールとドレスの裾を翻し、きらきらとペリドットの瞳をきらめかせ、片手の甲をほほの位置に持ってきて、皇女は宣言した。
私とエルとクラスメイトはその場で固まった。多分内心は一つだった。何を言い出したんだお前。これである。けれどエイヴァは深くうなずき、ごく真面目に問うている。
「うむ。教えてほしい、です」
「そこに興味を持つなんて! あなた、見る目がなかなかあるわね? 少しは認めて差し上げますわ! わたくしとお姉さまの出会い! そして今に至るまでの軌跡! それはロマンに満ちていましたわ!」
ねえお姉さまぁ! と愛らしい笑顔で同意を求められて、その笑顔は本当にかわいい以外の何物でもなかったのだが、私の覚えている『出会いから現在まで』の認識と皇女の認識はどうやら合致していない。
「ええー、ん、んン……」
我ながら極めて微妙な表情で微妙な音しか返すことができなかった。本当に何を言い出すんだろうこの皇女様は。予想外が過ぎる。しかし愛らしい。困る。
「あれは二年と少し前! 我が国をお姉さまたちが訪問なさいましたの……」
困っている間に皇女の皇女による皇女のためなのかエイヴァのためなのかは疑問が残る演説が始まってしまった。私がまだ十一歳、シルヴィナ様は確かすでに生誕祭を終えて十二歳におなりだったころ。ジルと一緒に訪れた脳筋の国……失礼、武の国ヴァルキア帝国。開かれた昼間の歓迎会について、喜々として皇女は語っている。
「わたくし、あの頃は多少引っ込み思案で……なかなか皆様のお話に混ざることができなかったのですけれど。そこに颯爽と合わられたのがお姉さまでしたの……! 巧みな話術……その美貌……堂々たる振る舞い……胸を撃ち抜かれましたわぁ!」
胸の前で両手を組んでうっとりと語るシルヴィナ様。エイヴァとその他クラスメイトは、皇女を見て、私を見て、皇女を見て、私を見て、深くうなずいていた。……どういう意味だ貴様ら。