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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第六章 世界の澱
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6/17 その混沌


 転入生は、ツンデレだった。


 またしてもいきなり何を言い出したんだといわれそうだが、事実である。転入生――すなわちシルヴィナ・アセス・ヴァルキア皇女と、その護衛騎士ソレイラ・アキト・ジッキンガム殿。皇女の身分や異国の地ということもあり、シルヴィナ様は護衛騎士を伴って学院に通うことを許されていた。そしてその二人を総合的に判断した結果、冒頭の発言につながるのである。


 ――現在、季節は春から移りつつあり、日に日に気温が上がり、徐々に夏の気配が見えてきたころ。新学年が始まって、一か月がたっている。


 まずは順を追って説明しよう。


 ……春休みから現在まで、いろいろとあった。まず学院で変態師匠連二名を捕獲した。その際に行使された魔術と物理攻撃に感嘆と恍惚と批評と愛を垂れ流しながら変態の世界に旅立とうとするノーウィム・コラード師とディガ・マイヤー師の気をあの手この手で引いて、私とメリィ含む『影』約半数で厳しい教育をした。徒労に終わった。変態はどれほどに常識と良識と女性の繊細さを説いても暖簾に腕押し糠に釘。全身に鳥肌が立っても、堪忍袋の緒が切れても、いらだちによって破壊行為を繰り返したくなっても我慢に我慢を重ねて懇々と言い聞かせたというのに、徒労に終わった。


 途中でジルもやってきて私と『影』の奮闘を見て、時折加勢までしてくれたがそれでも変態は変態のままであった。もはや学院教師から首にするべきかという話も出たしそれが平和的解決ではあった。けれど変態教師連は変態であるがゆえに能力が高く……昨年一年で劇的に学生たちの能力の向上に貢献していた。


 魔術・体術はおろか、(変態という)共通の敵を得て身分等々による差別意識の緩和すなわち意識改革、軍隊もかくやという(対変態攻撃)連携を誇るすなわち統率力および指揮・状況判断能力の獲得、学年教師を問わぬ(対変態の)情報共有による派閥間緊張の緩和。変態のもたらした恩恵が異常で首にできなかった。


 まさか……それを狙っていたのか? という目を一瞬変態に向けてしまったが、変態はただただ己の欲望に忠実なだけの変態だった。魔術に興奮し筋肉をめでる、行き過ぎた社会生活不適応者以外の何物でもなかった。


 ちなみに、『まさか……それを狙っていたのか?』という目をジルとエルとラルファイス殿下と国王と宰相とアリス様に向けられたが、私は無実である。我が国の重鎮はそろいもそろっていったい私を何だと思っているのだろうか。


 ともかく。首にできないのならば仕方がないので、シルヴィナ様とその護衛騎士に徹底的に変態についての注意事項を教え込むという対策が主に後半は切り替わった。幸いシルヴィナ様は水の適性をお持ちである。変態に遭遇した場合は迷わず水攻めをするよう何度でも念を押しておいてもらった。説得したのはジルである。私はぎりぎりまで変態が少しでもましになるようにと激戦の最中だった。


 そして、忙しかったのはこれだけが原因ではない。シルヴィナ様が転入してくるにあたって、もう一つある大きな不安要素。そう。最古の『魔』たるエイヴァである。彼は基本的に学院では余計なことはしゃべらないように念押ししているが、いかんせん彼は私たちとほぼほぼ行動を共にする。しかしシルヴィナ様も私と行動を共にするだろう。彼女は私に会いたいがために国王を疲弊させてまで我を通し、最終的に空から降ってくる系の皇女である。


 私たちと一緒に行動するその二人が、一切互いにしゃべらないというのは無理だろう。いや、ぶっちゃけ神祭りの際の例を見るに、シルヴィナ様はがんがんスルーして私にのみからんできそうではあるが、そんなシルヴィナ様を見て空気の読めないエイヴァがただただおとなしくエルやジルとだけ話していてくれるだろうか。そんな愚かしい楽観的展望はかけらも見えなかったので、私たちは早急に対策をせねばならなかったのである。


 エイヴァは基本的に王城にいたが、そちらもふん捕まえて連行し、エルとアリィを含む『影』約半数にてやはり厳しい対貴人教育が始まった。激しい戦いだった。結果、彼らは完璧にやり遂げることはできなかったが、若干、たぶん、おそらく、ギリギリ許容範囲に届くかもしれないという成果を上げた。「そうですね」しか言えない呪いは解かれ、一応敬語が使用できるようになったのである。これまで知識はあっても活用できなかったエイヴァ。春休み折り返し時点から新学年の始まる短い期間にこの成果はあまりにも偉業であった。毎日就寝前には死にかけのスライムのようにべちゃりとつぶれていた教育係の面々の艱難辛苦が垣間見えた。なお、エイヴァは毎日すやすやと快眠だったようだ。時折、穏やかにほほ笑むエルの瞳に殺意が宿っていた気がしなくもない。たまにやってくるジルがちょっとおののいていたのが印象深かった。


 と、まあ私たちはそれぞれ、私が変態師匠連、エルがエイヴァ、ジルがシルヴィナ様と三手に分かれて死力を尽くしたのである。そして全体的に言うと成果は芳しくなかった。だって変態はそのまま変態だったし、エイヴァは多少ましになったとはいえぎりぎりの淵をふらふらしていてとてもではないが安心はできないし、シルヴィナ様は私以外をだいぶスルーするので危機意識が足りなかった。


 定期的に王城に集まり、私・エル・ジル・国王で頭を悩ませたものである。わがメイソード王国の身分的に最上位の部類の人間が四人も集まって話し合う内容が変態と『魔』と暴走皇女について。なかなかのカオスを生み出していた気がしなくもないが、私たちは真剣だった。


 そして不安の多いに残る中、それでも時間は待ってはくれずに新学年が始まり……今に至って、冒頭の発言に戻るのである。









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