6/13 つまり五十歩百歩ということで
「あの暴走皇女が、学友になりますよ」
目だけが全く笑っていない疲弊と哀愁の漂う顔で、ジルは声だけはそれはもうさわやかに告げた。
まじか。私とエルは顔を見合わせ、ジルを見て、皇女を見て、それを叱る護衛騎士を見て、ジルを見た。
「えっ。……新入生、ですか?」
「いいえ、エルシオ。彼女はあなたやシャロンと同い年ですよ。春から第二回生の編入生になりますね。ははは、がんばってくださいね!」
戸惑いがちに聞いたエルに、慈愛さえこもっていそうな優しさでジルが答えた。やっぱり目は笑っていなかった。棒読みみたいな応援だった。
「えっ」
大きな瞳をこれでもかと見開いたエルは、ジルを見て、私を見て、皇女を見て、私を見た。……だから義弟よ、なぜ私をそんなに見つめてくるんだ……?
「エル? シルヴィナ様は正真正銘、私たちと同い年よ?」
まあ信じられないのもわかる。強気な顔立ちは幼げ、華奢な体躯は身長もちんまりとまとまっていて……正直、十歳くらいにしか見えない。とりあえず、十三歳には、見えない。自己主張あふれる豊かな表情や、本日の実に自由な奇行も相まって、ますます幼女のようである。しかし、彼女は十三歳だ。何度でもいうが、同い年だし、何なら初夏生まれの彼女は若干月齢で年上でさえある。
「あ、そう、なん、だ……?」
『困惑』の二文字がエルの頭上で踊っているのが見える気がした。
「それで、ジル? なぜ、この時期に留学を? ……エルの言うように、昨年新入生としてくるならまだしも……」
困惑真っただ中のエルに代わり、私は質問を重ねる。そもそも、ヴァルキアは脳筋の集まる国ではあるが、そうであるからこそ一人娘の皇女は溺愛されており、めったに城から出てくることはない。勉学も城に家庭教師を招いている様子だったし、頻繁ではなかったが今でも続いていた私と皇女の文通でも留学について話題に上ったことはない。
王子から国王から果てはこっそり王妃まで、ふらふら勝手に抜け出して国内を出歩いて宰相の胃を痛めるのが日常である我が国の王族とは違うのである。なお、宰相様はわがアザレア商会魔法薬部門の上客だ。もはや定期便を契約している彼の体調に合わせた魔法薬の日々研究が進んでいるくらいだ。ぜひこれからもご愛顧願いたい。
ともかく。
「ええ、本来は、昨年留学の話が上がっていたそうです。……ただまあ、昨年は、一昨年の秋の騒動の後始末が尾を引いていたことに加え、教師陣にも……いろいろとありましたからね。見送られたようです。先ほどもみたとおり、皇女様は風の魔術の才能をお持ちです。魔力測定をしたところ、風と、そして水の適性があったとか。……魔術の教育において、我が国の右に出る者はないとまで近隣諸国では言われていますからね」
ふふふ、とジルは微笑んだ。非常に含みがいろいろとあった気がするが、ここは華麗に受け流そう。王弟の件は王弟が悪いし、それに伴ういざこざも私のせいではない。ちょっと貴族が腐っていただけだ。教師は……いや、うん。ちょっとまあ、変態は危険だよね。以上。
「さようでございましたか。それにしても、思い切りましたわね、ヴァルキアの皇帝陛下も」
「なんでも、皇女様の強いご要望があったとか……『ある人物』に会うために」
にっこり、笑った私に、ジルはにっこりとカウンターを返してきた。『ある人物』をとても強調して。
『あなたが皇女をたぶらかしたからこのような事態に陥ったのでしょう?』
ジルの目はそう言っていた。私の横に立っているエルも半目で同じことを語っていた。しかし私は笑った。
「うふふ、どこかの王子様がかけた『恋の魔法』を解いてくれと、どこぞの王様にお願いされたのが縁ですのに、そんなに慕ってくださっていたのね、シルヴィナ様」
そう、私と皇女の縁。それはジルが軽率に皇女に一目ぼれされた、必然的で不幸な事故が発端なのである。そしてそのしりぬぐいを頼まれたのが私だ。いたいけな恋する乙女をもてあそんで来いとのたまった糞野郎はその実父たる国王陛下である。つまり私のほほえみに込められた意味はこうだ。
『そもそもの発端を忘れたとは言わせませんわよこの顔面詐欺王子』
にっこり。にっこり。私とジルの間には見えない火花が散った。しかし間に挟まっていたエルが、私を見て、ジルを見て、半目になって、こういった。
「……なんだ、つまり同じ穴の狢なんだね」
誰よりも冷静な一言が私とジルの胸をえぐった。なんてこと言うのこの子。もう。もう! お前も同じなんだからね? ぶっちゃけ見合い写真とか学院で一目ぼれとか変態教師から守られちゃってフォーリンラブとかプレゼント攻撃とか肉食系令嬢の枚挙にいとまがないんだからね? つまり全員同じ穴の狢なんだよ! くそが!