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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第六章 世界の澱
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6/12 ヴァルキア帝国第一皇女シルヴィナ・アセス・ヴァルキア


「で?」


 説明してくださいますわね? と私はジルに向かってほほ笑んだ。


 ――あの時。私が人波の向こうに見つけたのは、我らがストーカー王子ことジルと、おそらくシルヴィナ様の護衛なのであろう、顔面蒼白で肩で息をする女性騎士だった。もちろん瞬時に引っ捕まえて、私たち全員に認識阻害をかけた。久方ぶりに行使した、目にもとまらぬ早業であったと自賛する。そしてそのまま近くの貴族御用達喫茶店に全員まとめて引きずり込んで個室に腰を落ち着け、今ここである。「強制なのに強引さを感じさせない、見事なお手際ですね」などとストーカー王子がほざいていたような気もするが、そんなことはどうでもいい。


「殿下。僕も、状況がつかめていなくて……どういうことか、教えていただけませんか?」


 エルも眉を下げて重ねて尋ねた。シルヴィナ様と面識のないエルは私以上にこの状況が分からないのも無理はない。私とエルはジルをじっと見据えた。ちなみにシルヴィナ様は個室に入ったとたんに護衛騎士に私から引きはがされ、部屋の反対側の隅っこで絶賛お説教中である。そこそこ広い個室だが、一応認識阻害をかけたまま、防音結界もシルヴィナ様サイドと私たちサイドにそれぞれかけている。


 それはともかく。私たちの視線を受け、ジルははあ、と息をそれはそれは深くついた。疲弊の感じられるため息だった。


「エルシオ。……まず、あのお方はヴァルキア帝国の第一皇女、シルヴィナ様ですよ」

「……『皇女様』?」


 なぜ皇女が空から降ってくるのだろう。そんな困惑が分かりすぎるほどにじんだエルの復唱だった。エルがジルを見て、私を見て、シルヴィナ様を見て、私を見た。そんなに見つめないでほしい。


「……ええ、あのお方はシルヴィナ・アセス・ヴァルキア様よ、エル。……前に、私とジルがヴァルキアを訪問した話はしたでしょう。その時に……よくしていただいたのよ」


 私の補足に「そう、なん、だ?」と返したエルの声には『皇女 とは?』という疑問がありありと浮かんでいた。素直なエルシオの純粋さが愛しいと思ってしまう私は多分、疲れている。しかし直後にエルは「シャロンの影響かな……」などとごく小さな声で呟いていたのを私の聴覚が的確に拾い上げたので、癒し成分が霧散した。おいどういう意味だ義弟よ。……いや、今は置いておくけども。


「それで、シルヴィナ様が、どうして、わが領に?」


 私はエルの発言はいったんスルーすることにして、ジルに問う。するとジルは非常に遠い目をした。遠い目をして、しかし次の瞬間私を見た。見て、言い切った。


「ええ、彼女はシャロンが大好きなようでしてね」


 ジルの美貌が浮かべていたのは完璧ないい笑顔だった。しかし目は笑っていなかった。


「……」

「予定通りいらしたはいいのですが、王城につくなり、挨拶もそこそこにシャロンの行方を捜し始めて……領地にいるとわかったらご自身もいかれると主張されまして」

「……」

「止めたのですよ? 私も、兄上も、陛下も、王妃殿下もたしなめましたし、あちらにいらっしゃる護衛騎士殿も言葉を尽くしておられましたね。ですが……」

「……」

「許可をしないのであれば、脱走するとまで言われたもので」


 思いだしているのか、ふふっと、額に片手を当てて笑うジルは哀愁が漂っていた。その口元が音を出さずに『暴走皇女が』とかたどった気がするのは、見なかったことにした。私とエルは顔を見合わせ、全く同じ角度で口元を引くつかせた。


「……連絡をくだされば、私から参上、しましたわよ?」


 一応。一応、言っておいた。しかしジルからの返答は。


「『ロマンチックじゃないわね。却下』だそうです」


 隣国皇女と公爵令嬢の再会にロマンは必要だろうか……? いや、以前あった時から若干夢見がちなところはあったのだけれど。


「そう……。そうですの……。じゃあ、あれですわ。空から降ってきたのは、どうしてですの……?」

「日を改めていただけなかったもので、急遽転移門を使用してこちらに来たのですが、何分あなた方の予定を把握しているわけではありませんでしたからね。急な訪問にもほどがありますし、本日は神祭りです。屋敷ではなくどこか離れた町で祭りに参加している可能性もありましたので、先ぶれを出し、返答を待っていたところだったのですよ。……まあ、あなた方がここにいるということは、行き違いになったのでしょうが」

「そうですわね。受け取っていませんわ……」

「返答を待つ間、私たちはこのちょうど向かいの店……新しくできたチョコレートの店ですね。それに皇女様が興味をひかれたご様子でしたので、入店し、最上階の喫茶室にてお茶とお菓子をいただくことになりました。……窓際の、席だったのですよ」

「……」

「窓から、シャロンが、見えたと思ったら、次の瞬間飛んでいましたね」


 皇女様は、風の属性をお持ちのようですから、……見事な魔術コントロールでしたね。


 そういったジルは、顔は笑っているのに疲弊していて、哀愁が漂い、そして目だけが冷たく笑っていなかった。何とも言えない沈黙が、私たちの間に降りる。しかし、そこでふと気づいたように、エルは問うた。


「あの、シルヴィナ様は、そもそもなぜ、この国に? ヴァルキア帝国の皇女様といえば、あまり外には出てこられない、と……きい、て、ました……けど……」


 しかしエルの問いはしりすぼみになった。目だけが全く笑っていない疲弊と哀愁の漂う顔で、ジルがエルを見つめたからである。じっと。じいっと。とてつもなく狂気を感じて恐ろしい視線だった。ごくり、エルが息をのむ。私もほほを引きつらせた。――そして。



「皇女様は、我が国への留学生です。……数年間の、長期で、予定されていらっしゃいます」


 ――あの暴走皇女が、学友になりますよ。



 ジルははっきりくっきり声に出して、そう告げた。







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