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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第六章 世界の澱
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6/11 予想外は、降ってくる


 空から美少女が降ってきた。


 何を言い出したんだと頭の中身を疑われそうだが事実であるから仕方がない。エルと二人で祭りを楽しみつつ歩いていたら突如某名作アニメーション映画のようにふわりふわりと私の目の前に落ちてきた美少女が腕の中に軟着陸を決めて現在なのである。いわゆるお姫様抱っこ状態。ますます某名作アニメーション映画じみていて私はいったいどうすればいいのだろうか。居もせぬ親方に「空から女の子が!」と叫ぶべきなのか真剣に悩んだくらいだ。


 私の隣でエルは硬直しているし、周囲の人々も呆然と私たちを注視している。先ほどまでの平和な賑わいが非常に遠い。ここだけとても静かで切り離された世界のようだ。散ってくれ。見ないでくれ。領内では認識阻害魔術を使用していないことがこんな結果を生むとは思わなかった。

 というか、何より問題なのが、その美少女の、正体であって。


「……」

「……」

「………えっと、……大丈夫ですか……」


 私をして状況をつかめないが、しかし声をかけぬわけにもいかずに問う。腕の中の彼女はうっとりと私を見上げていた。


「さすが、お姉さま……わたくしのピンチを颯爽と救ってくださる……これが、運命……!」


 私はどうすればいいのだろうか。そして彼女は何を言い出したのだろうか。久方ぶりの混乱に見舞われている私である。予想外のことが起こるとは思った。思ったが、予想外にもほどがある。なぜだ。なぜ……



 ヴァルキア帝国の第一皇女が空から降ってくるんだ!?



 ――明るいピンクブラウンの髪にペリドットを思わせる瞳。高いところで結わえられたツインテールに少々気が強めの顔立ち。年齢の割に小柄な体躯にはかなり仕立てのいいワンピースをまとっている。そう、それが私の腕の中でうっとりと私を見上げる美少女の容貌であり……それそのまま、南の隣国ヴァルキア帝国の皇女様その人なのである。


 ヴァルキア帝国第一皇女、シルヴィナ・アセス・ヴァルキア様。


 我らが国王曰く脳筋な隣国の、皇帝その人に溺愛されている、一人娘。かつてジルに一目ぼれしたが、私と意気投合し無事ジルはただの腹黒であると理解した、同い年のお姫様。


 皇女。……そう、皇女である。何してんだ皇女。ここはヴァルキア帝国じゃないし。メイソード王国だし。てかメイソード王国の王都ですらないし。ランスリー公爵領の領都だし。庶民の祭りのど真ん中だし。当の本人は「うふふ、お姉さまぁ」なんて甘えてきて首にすがってきてとっても愛らしいけれどもそうじゃない。そうじゃないんだよシルヴィナ様。


 面識のないエルはさっぱり訳が分かりませんという顔をしている。そして私に説明を求める視線を熱烈に浴びせかけている。しかし、説明が欲しいのは私も一緒である。エルの期待にはこたえられない。だからそんな下手人を見るかのような懐疑的な目をしないでほしい。この義弟、義姉を一体何だと思っているんだ……?


 いや、とにかく今はこの状況を打開しなければなるまい。私は一つ息をついて気を取り直し、そっと、皇女を下ろして立たせた。


「……どう、されたのです、おひとりで? まさかこのようなところでお会いするなんて……」


 てか、護衛はいったいどうしてしまったんだ。撒いたのか? 何がどうしてどういう状況を経れば空からふわりと舞い降りてくる結果が生まれるんだ。そしてそもそもどうしてここにいるんだ皇女様。


 ……というもろもろの渦巻く質問をぎゅっと凝縮して尋ねてみた私はまだ冷静さがあったのだと思う。しかしそんな私にシルヴィナ様は満面の笑みを浮かべた。私やエルをはじめ、周囲の視線を一身に集める笑みだった。そして彼女は、それはそれは愛らしく言い放った。


「わたくし、わたくしね、お姉さまに会いに来たのよ! だって、わたくしの大好きなお姉さまがこちらにいらっしゃるって聞いたんだもの! うふふ!」


 頬を染め、上目遣いで、もじもじとしながら。さながら恋する乙女のようだった。それは回答であるが、答えではない。だというのになんて愛らしいんだ。困る。周囲の人垣が三分の一くらい会心の一撃を心臓に受けてうずくまって悶えている。効果は抜群だ。


 しかしなんてこった。エルが、エルが私を氷点下の瞳で見つめていらっしゃる。確実に何かを誤解している。違う違う冤罪だから。確かにシルヴィナ様の見た目はちょっと幼めだし、今のは彼女の立場を踏まえてだいぶ問題発言だった。でもその幼女をたぶらかした犯罪者を見るかのような目を私に向けるのは切実にやめてほしい。皇女と私は同い年だし、何なら初夏生まれの彼女が満年齢では年上でさえある。お姉さまって呼ぶのはほら、愛嬌だ。


 ていうかたぶらかしてないし。二年半ほど前に仲良くなって、今でも文通する仲ではあるが、それだけだ。私が転移を駆使してふらふらとヴァルキア帝国国内をうろつくことは多々あれど、ヴァルキア帝国の城からほぼ出てくることなどない彼女と会うことはないのだ。これ以上なく健全である。しかし説明を試みた私は、腕をそっと捕まえられたと思ったら、シルヴィナ様がそのまま恋人のように指を絡めて身を寄せて、あざとく小首をかしげ、微笑んだので言葉を見失った。どこでそんな技を覚えたんだ……? かわいいな……。


 強烈な第二撃に周囲の人垣は半分ほどがもだえ苦しんでいた。効果は、抜群だ。そしてそれらの一連の行動は副次効果も生み出していた。どういうわけか人垣が徐々に崩れだし、もだえた人々も支えられながら動き始め、祭りの喧騒が戻ってきたのだ。口々に彼らは何か納得したように話し、去っていく。耳をそばだてればこう聞こえた。「なんだ、ただのシャロン様の犠牲者か……」「お嬢様は美形キラーだよな……」「シャロンお嬢様の被害者なら仕方ないな……よくあることだよ」。


 お前らそれはいったいどういう意味なんだ。ときどき私に向かって、「まったく、シャロン様は。ほどほどにしてくださいね?」などと声をかけていく人までいる始末である。どういう意味だ貴様ら。わが領民たちはどいつもこいつも誠肝が据わっているが、やめなさい。なんかとてつもなく不名誉な解釈をされた気がひしひしとするんだけれど。そしてエルの視線がなお一層冷たくて私は凍えそうである。どうすればいいの。どうしてほしいの。


 周囲には何かを理解し納得をにじませ去っていく人々の波、右には私の手に指を絡めほほを染める皇女、左には冷たい視線の義弟。私は途方に暮れそうになった。――が。


 散った人垣の向こう側。よく知った人影、きっとこの事態を説明できるであろうその人物を、私は見た。











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