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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第六章 世界の澱
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6/7 その家には秘密がある(セルバート視点)

10/18の投稿ができなくてすみません!

プライベートがバタバタしておりました(;´Д`)

今日からまた偶数日投稿を続けていけるように頑張ります。


 私はセルバート・アイゼン。アイゼン侯爵家の現当主の弟にして、領地を持たぬ宮廷貴族として子爵の地位を賜っている。王城では政務官の一員として働いていた。……そう、『いた』。過去形だ。


 なぜなら、現在私はランスリー公爵領にて、ランスリー公爵領領主代理の任についているからである。


 私がこの地にやってきて早五年目に入った今日この頃。感想を言うなら、『濃かった』。この一言に尽きる。そもそも、公爵夫妻病没から前任領主代理の悪政による領地の荒廃と財政の悪化は目も当てられないほどだったのだ。始まりから濃い。濃いというか、重い。ゆえに『領主代理』という存在に対する評価が底辺。何の罰ゲームなのだろうと思った。領民との信頼関係もなく、直系は幼い少女ただ一人。その少女も人見知りが過ぎると評判でほとんど屋敷から出たことすらなかったと聞く。絶望的だった。短く見積もって十年。復興にはそれだけかかると考えていた。


 しかし現在私の目の前に広がる光景はどうだろうか。緑が生い茂り、町は活気にあふれ、笑顔が絶えない。いろいろ、すごくいろいろあってこうなったのを私は目の当たりにしていたが、今思い返しても奇跡的としか思えない数年間だった。そして本日から三日間開催の、神を寿ぐ『神祭り』、それに意気揚々と出かけて行ったこの家の子供たち。それくらいに治安はよくなっている証拠だ。というか、彼らはいったい何がどうしてそうなったのか、いつの間にか領民と打ち解け、それで本当に大丈夫なのかという気安さでもって交流を繰り広げている。心が強い、と思う。領民も、公爵家の子供たちも。


 特に令嬢のほう。うわさって、あてにならない。最近、とても……痛感した。


 私と彼女がまともに顔を合わせたのは五年近く前、私が初めて公爵家に足を踏み入れた時だ。それ以前には王城で、一度だけ歩いているのを見たことがあるくらいだった。――五年前。完璧に美しい笑顔で、当時十歳になるかならないかだった少女は言った。


「あなたが新しい領主代理様? ……よろしく、お願いいたしますね」


 完璧な所作だったのに。その笑顔の美麗さは筆舌に尽くせぬものであったのに。背筋を悪寒が駆け上った。あ、この子、『彼ら』の娘だ。そう思った。どうしてだったのだろう。


 しかしその後少女は特に私に過剰に接触してくるでもなく、高位貴族の娘にありがちなわがままを言うでもなく。私の中でその悪寒のことは気のせいであったと片付けられていた。公爵家自体は異例の復興を遂げ、ますます発展していっているが、それに子供たちがかかわっている素振りなど私にはみじんも感じられなかった。公爵家を取り仕切っているのは執事長と侍女長で、しかし子供たちへの配慮も忘れておらず、いい関係性を築いている……ように私には見えていた。


 シャーロット・ランスリー。そして、エルシオ・ランスリー。


 彼らの第一印象を上げるのであれば、十人中十人が『美しい子供』というだろう。母親の美貌を余すことなく受け継いだシャーロット嬢だけではなく、養子に入ったエルシオ殿も、社交界屈指の端麗な容姿の持ち主である。


 次いで持った印象は勤勉で多才であるということ。魔術・武術に限らず座学も歴史から数学、経済、マナー、雑学に社交と幅広く知識を吸収していき、その優秀さは教師陣を狂喜乱舞させるほどであった。魔術及び武術に関しては特に、さすがランスリーと言わしめる才覚を示し、シャーロット嬢はかの第二王子ジルファイス殿下の『ライバル』であるとは周知の事実である。


 あるいは、人によってはかの子供たちを指して哀れだというだろう。私はそうとは、思うことも滑稽だと感じるが――立て続けに両親を失いその後やってきた領主代理に実権を奪われ苦汁を味わった少女と、実の親兄姉に世間から隠され、冷遇された少年。『家族』というものに縁が薄かった子供たちが寄り添いあう姿。その表面を見て哀れみ、同情を寄せる者は一定数、存在する。まあ、それは彼女たちの実際の姿を見たことがなく、噂話のほんの概要しかつかんでいないような輩ではあるのだが。


 だって、彼女たちの現在を見て、不幸だと、いったい誰が言えるのだろう。私の目の前でも隠すことなく笑いあう少女と少年はたとえその血のつながりが限りなく他人に近い希薄さであろうとも、『姉弟』で『家族』だった。時にはけんかをする姿も、殿下を交えて睦まじく冗談を交わしあう姿も、学びあう姿も、見ていた。私とて無為に五年も過ごしたわけではない。見ていたのだ、私なりに。


 まあそんな温かい気持ちで見ていられたのは昨年の夏までだったけれど。


 あの夏。日差しのまぶしい晴れの日。私のそれまで抱いていた子供たちのイメージと常識が音を立てて崩れ落ちた瞬間だった。


 ……とある事実を知り、私はランスリー家の姉弟に心から感謝し、そして数年越しにようやく信頼を得た、のだと思う。多分。きっと。気のせいであってほしくはない。


 ともかく。その際に、再度私は言われたのだ。かの少女から、完璧な笑顔とともに。


「――そう。セルバート・アイゼン様? ……よろしく、お願いいたしますね」


 初対面の時背筋を走った悪寒は正しかったと私は知った。エルシオ殿もそのはかなげな少女のような容貌とは裏腹に食えないお方だとこれまた最近知ったが、やはりそれ以上にこのシャーロット嬢は、食わせ者だった。


 やはり、『彼ら』の血を引く娘なのだと思う。どうしようもなく。


 『彼ら』。アドルフ・ランスリーとルイーズ・ランスリー。社交界きっての美男美女夫妻で有名だった。彼女と彼。私より世代は少し下になってしまうのだが、それでも聞こえてくる話はいくつもあって……、シャーロット嬢を見ると思い出す。



『羊の英雄』と『血まみれ聖女』。



 かの公爵夫妻の、かつての異名だった。








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