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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第六章 世界の澱
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6/6 本日は晴天なり


 目が覚めた。


 本日は実に爽快な目覚めである。私がフェードアウトする直前の自称神の顔は何か大切なものをあきらめきった乾いた笑いを浮かべていたが……まあ大丈夫だろう。自称神は思ったよりも繊細だったが、思ったよりも立ち直りが早いようだ。放っておいても問題はない。


 私は私で聞きたいことはとりあえず聞いて今のところ自称神に用事はなくなったのでしばらくあの空間に行くこともないだろうし。


 『自称神は刈宮鮮花を知っていたか』。

 『シャーロット・ランスリーの矛盾は自称神の仕業か』。

 『自称神は未来を見ているか』。


 三つの質問。完ぺきではないがそれぞれに答えを得た。その答えは私の『予測』をより強固なものにした。……それはまだ確信には至らないけれど。


 自称神は私に何をさせたかったのか。あるいは私は何を担っていたのか。

 『私』という存在そのものが、そもそも何なのか?


 答えは多分、もうすぐそこにある。私は王手を、かけている。……それこそ予想だけであったならずいぶんと前からできていたけれど。しかし予想は予想でしかない。まだ多分、情報が足りない。出そろってきてはいるものの、全部ではない。自称神はすべてを知っているのだろうが――まあ、自称神からあれ以上聞き出すことはできなかっただろう。


 だから気長に構えて自称神が油断したころに再度トライしてみようと思っている。なんていうか、自称神は、すごく、迂闊だ。あれで神を自称していて大丈夫なのだろうかと思う。日本の社会人だったら企業秘密をうっかりしゃべって損害を出して上司を激怒させて大バッシングを受けて会社を首になる、そんな人生を送っていそうだ。不憫である。とても好都合だ。その調子で私にうっかり秘密をガンガンしゃべってくれて構わない。私はとても助かる。自称神が困っても私は困らない。なんて素敵な関係なんだろう。私は私が知りたいことをあきらめたりはしないのである。


 ともかく。


 今後の計画を考えながら私は寝台を抜け出すと顔を洗ったり着替えたりと身支度を整えていく。身にまとうのは動きやすい騎士服モドキである。この程度であれば……というか、よほど複雑なものでない限り、私は自分の身支度は自分でできるし、やっている。メリィを筆頭に侍女もメイドも手伝いたがるが、彼女たちはとても楽しそうに私を飾り立てるので茶会だったり王城に正式に登城する時だけ手伝ってもらうことにしている。そもそも朝の彼女たちは忙しいし、私の朝は早い。鍛錬もするし場合によっては急ぎの仕事に目を通したりもするからだ。


 そして今から私は公爵家自慢の広大な訓練場で朝の日課の鍛錬に赴くのである。幼少期から欠かさず行っているルーチンだ。やはり体は資本。変態師匠がいないからと言って腕をなまらせるわけにはいかない。まあ、ほら。学院には魔術でせん滅すると喜ぶ変態が徘徊しているので拳でぶちのめす必要も多々あるし。


「――おはよう、今日もみんな熱心ね」


 支度を終えて移動した私は、訓練場について開口一番挨拶をした。夜が明けたばかりの早朝だがすでに何人も自主訓練に励んでいた。なお、私の登場に方々から挨拶が返ってくるが、そこに「仕える相手がやってきた」というような無駄な堅苦しさなどはない。むしろ彼らはうれしそうである。瞳がキラキラと輝いている。かわいい。子犬のようだ。全員二十歳は越えていたはずだが、この愛らしさである。気にしてはいけないのだろう。


 ――この訓練場は私やエルをはじめとして領兵のみんなや使用人さんたちも使用するのでいつ行っても誰かしらいる。手合わせの相手にも事欠かないのだ。そして私とエルが赴いた場合、高確率で我先にと手合わせを申し込まれる。軽い恐怖を覚える争奪戦である。狂気を感じる。なのに子犬のようなきらきらとした顔なのだ。狂気を感じる。しかしあまりに期待に満ち満ちたその雰囲気は私たちに断るという選択肢を選ばせない。そして私は手加減をしない。結果、訓練場は死屍累々の惨状が毎朝出来上がるのだが……それでもどういうわけか何度でも手合わせを頼んでくるみんなは……マゾなのだろうか……? きっと気にしてはいけないのだろう。


「ふふふふ、うふふふ」

「ふふふふふ、ぐふっ……」


 本日も死屍累々が出来上がったが、そんな不気味な声など、私には聞こえないのである。ちなみに死屍累々は大体ほかの使用人のみんなに回収されたり自立歩行をしたりしてわりとすぐにいなくなる。そしてその日のうちにみんな復活しているので、心も体も丈夫だなと思わざるを得ない。どうしてだろう、変態師匠連からは遠ざけていたはずなのに。


「シャロン? 行こう? 朝食に間に合わなくなるよ」


 変態はどうして伝染するのだろうと首をひねっていた私に声をかけたのは私のすぐ後からやってきて鍛錬に参加していたエルであった。私は思考を切り上げて、エルを振り返る。


「あら、待たせていたわね。ごめんなさい。行きましょうか」

「うん。今日は午後から出かけるでしょう? みんなも楽しみにしてるよ」


 わらうエルに、私も笑い返した。


「――そうね。私も楽しみだわ。……今日は『神祭り』だもの」


 『神祭り』。文字通り、神を祭る行事。別名『花祭り』とも言って、そこら中花で埋め尽くされる華やかな祭り。本日の予定はエルと二人してそれに繰り出し例年のごとく領民の皆さんと交流を深めるのである。幸いにも本日は晴天。絶好の祭り日和だ。


 ――季節は春。春期休暇中の今、滞在するここはランスリー公爵領。私たちがヴェルザンティア王立魔術学院に入学して、一年がたっていた。







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