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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第六章 世界の澱
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6/5 その目に映すもの


 ――『……それを聞いて、そなた、どうする?』


 阿呆みたいな奇行をピタリとやめて、自称神が問いを返してきた。感情をそぎ落としたような無機質な声。青っぽい光でしかない見た目も相まって機械音声のようだ。


 明らかな警戒。それまでの隠そうとして隠すこともできないどころか駄々洩れにもほどがある下手なごまかしとは比べ物にならない。ぞくりとするほどの、揺らめく神気。

 腐っても目の前のこれは自称『神』であるということか。……けれど。


『いや別に』


 私は言い切った。あっけらかんと。


 ――『はっ?』


 素っ頓狂な声が上がった。神気が霧散した。


『いやだから、別に、何もしないわよ。馬鹿ね』


 ――『へっ?』


『ていうか、欲しい答えはもうもらったわ』


 ――『ふぁっ!?』


『あなたのその馬鹿みたいな反応が答えだったわ』


 ――『ぶっ!?』


『なんていうか、あなた……迂闊よね』


 ――『………』


 自称神はソファの上に崩れ落ちた。崩れ落ちたっていうか……つぶれた饅頭みたいに丸くなった。そしてぶつぶつ何かつぶやいている。


 ――『……え? え? 何が悪かった……? 何を間違え、いやいや、我何にも言ってない……ちょ、は? はあ? 意味わからん……全然わからん……もうやだ泣きそう……この娘怖い……』


 自称神は錯乱しているようだ。こんな美少女に向かって化け物を見たかのような声を向けつつ恐怖におののくとは失礼な人魂モドキである。私は少々不満を覚えながらも紅茶を味わって自称神が再起動するのを待ってあげた。ふむ、本日も私の淹れた紅茶はおいしい。さすがメリィ直伝の味である。なお、自称神は先ほど最初に淹れた時に、飲む前に紅茶を見て、私を見て、紅茶を見て、そしてやっと飲んでいた。エルとジルと全く同じ反応だった。この男どもはそろいもそろって失礼である。いったい何がそんなに疑問なんだ。


 私は己の欲ぼ、いや、菓子商品開発のために自ら台所に立つ系の公爵令嬢である。茶に関しては、前世では見知らぬどこかの大富豪のお忍びに遭遇し、話がもり上がった挙句意気投合して、富豪の趣味であったハーブティの専門店の出店までたどり着いたことすらある。さんざん試作品を作っては飲み、作っては飲みと試飲したのはいい思い出だ。ちなみにそれを横で見ていた前世親友は言った。『あなた、何を目指しているの?』冷めきった目だった。


 話がそれた。まあまだ自称神は自己問答で遊んでいる。早く正気付いてほしい。そろそろ私も戻ったほうがいいかもしれない時間であった。


 ――私は、例によってここに『夢』という形で侵入している。この神領域はいつもそうなのか自称神の自由裁量なのかは知らないがいつ来たって昼間――以前侵入した時に何時なのだろうと思って何気なくあたりを見渡したら白っぽい空間の頭上が開けて出現した天窓から青空がのぞいた。以来いつ来ても天窓から青空がのぞいている。便利な空間である。人の神領域自由にカスタマイズすんなと文句を言われたが、小さなことは気にしないほうがいいと思う――であるが、現実での『私』は絶賛就寝中。そしてそろそろ夜が明けるので目覚めの時間なのである、経験的に。


 そう、私が私の意思でこの空間に侵入するのはこれが初めてではない。


 試行錯誤した結果この空間に飛びいるには私の心の持ちようと感覚という繊細な部分が大きいことが分かった。この神領域自体が時空と精神世界のはざまに存在しているようだ。そこに精神体だけを飛ばしているのが今の状態である。これを苦心しつつも成功させたのが今から約一か月前になる。


 それからはこの世界で過ごした時間と現実世界での時間の経過、こちらにいる間の『私』の体の状態や影響などをいろいろと調べた。天窓を作ったのもこの時期だ。カスタマイズの件然り、とてつもなく自称神は驚き、怒り、わめき、叫び、いろいろと質問をしていたようだが、私はすべてをスルーして分析に没頭した。自称神はだんだんしなびていたような気もしたが、私は調査に夢中だったのであまり気にしていなかった。まあ滞在時間は一回につき大体三十分にも満たなかったし。それを一週間ほど続け、満足した私はそれ以来今日までこの空間には来ていなかったのである。


 それが今日はこの世界に来てから二~三時間はのんびりしているのだ。分析して分かった結果、ここで過ごした時間は現実世界に換算すると割と短めの時間となる。せいぜい今は一時間経過した程度だろう。でもこの空間に来るとあまり休んだ気がしないため、事前に普通に睡眠をとった。つまり何が言いたいのかというと……うん、時間切れだ。


『じゃあ、私は帰るわね』


 自称神が正気になってから暇を告げようかと思っていたが、まあいいだろうと私は腰を上げるとひらひら手を振った。ためらいなどない。というか来るよりも帰るほうが簡単なので気は楽だ。なので、すぐに私の体は輪郭を失って透き通っていく。――と、そこで。


 ――『え? は? 待て待て待て、帰るのか!? 今!?』


『帰るわ。さようなら』


 ――『自由か!? ソナタ、さっき、いったい……いや、』


 私の退室に気づいた自称神が大声を上げ、けれど私がすでに半分戻りかけているのに気づいて制止はあきらめたようだ。が、……なにか、一瞬、言いよどむ。そして。



 ――『あの王子ではないが……そなた、本当は、いったいどこまでわかっている?』



 私は笑った。



『――あなたが思うより多くよ、自称神』









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