5/46 あなたは残酷で優しい唯一(エルシオ視点)
その問いに、僕は少しだけ瞠目した。意表を突かれたのだ。……ジルファイス殿下の意図する真意がつかめない。けれど、僕は少し考えて、ゆっくりと答える。
「僕が知る誰より強くて、嘘つきだけれど優しくて、大切な……僕の家族ですよ」
言葉に表せば義姉弟という単純なもの。けれど付随する感情は単純ではいられない。シャロンは、シャーロット・ランスリーは強くて優しくて、美しい、泣きたいくらいに暖かくて何より大切な人。僕に居場所をくれた人。僕にすべてを教えてくれた人。
――そして、少しだけ、残酷な人。……だって、分っている。
あの人は行ってしまうだろう。
シャロンは誰にでも手を差し伸べて、引っ張り上げて、立つ力をくれる。前に進む力をくれる。自分で立てと叱咤しながら、そうして笑っている、いつだって。
けれどだからこそ、分るのだ。いつまでもそばに、彼女はいてはくれない。いつかどこかへ行ってしまう、だからこそ厳しさを突き付ける。……僕に魔術を取り戻させた強引さのように。
シャロンがいなくなっても、誰もが歩いて行けるように。
シャロンのやり方は本当に強引が過ぎることもある。だから彼女を憎んだこともある。本当に本当にあの出来事はいまだにいつかやり返すと誓っている。感謝もしているが、それは別だ。まあ、だからこそ、たくさんたくさん、あの人の事を考えた。
シャロンは多くの力を持っていて、多くの人を従える。敵は多いけれど味方も多くて、そして自分の懐に入れた人は絶対に守る。深い愛を持っている。自分の力を知っていて、人を使うことを知っている。誰よりも何よりも、自分が高みに居ると知っている。
傲慢で、利己的。でも誰よりも優しく、甘い。
――だからこそだろう。あの人は、残酷だ。
だって、いつか僕らを置いて行く。
捨てるんじゃない。おいていく。おいて行かれる。あの人は自由なのだ。権力にも財力にも興味なんてない。楽しいことが好きで、領民や公爵家のみんなが大好きで、彼らが幸せであればいいと思っている。けれど、その深い愛に僕らをおぼれさせてはくれなくて、シャロンをどれだけみんなが愛しているか、自覚が薄い。いや、自覚はしているけど、認識が誤っている。
彼女がいなくても生きてはいける。それだけの力をもう持っている。でも、そうじゃないのに。
たくさんの人を拾い上げて立たせて歩かせて、知らぬ間に手を離す。僕の手も。それにはジルファイス殿下だって、うすうす気づいているんだろう。
「そうですね。彼女は優しく、残酷だ」
苦笑する殿下。それに僕も苦笑を返した。――けれど。
「ですが、私は彼女を逃がすつもりは、ありませんよ」
彼は苦笑を不敵な笑みに変えて、そう言い切った。僕は瞬く。しかしそんなこちらを気にする様子もなく、さらに殿下は続けた。
「確かに、彼女が本気を出せば手のひらからすり抜けて、どこぞに行方をくらまされそうですが」
そして高笑いをしそうですね、とものすごく想像できる未来予想図を語ってくれた。高笑いしながら追っ手をまき、敵をなぎ倒し、新天地を開拓し、信者を増やしながらどこまでも突き進み、全く悪びれないシャロン。ありそうである。人の、嫌がることは、してはいけません。そう先ほどエイヴァ君に言い聞かせていた言葉を突き付けたところで、『それはそれ、これはこれよ。大丈夫よ、そのうち帰ってくるわ、お土産買ってくるから』と受け流されそうである。お土産は欲しいけれどそういうことではない。
「どこぞに行方をくらまされた後では遅いですね……」
シャロンの本気には『影』であろうが国王陛下であろうがエイヴァ君であろうが勝てはしないだろう。ギリギリエイヴァ君なら可能性がなくもないけど、なんか、あれだ。言いくるめられて『我も放浪したくなった!』みたいに洗脳されそうだ。役に立たない最古の『魔』である。僕は遠い目になった。
「そうですね。……しかし、問題はそれだけではありません」
僕が遠い目をしている間にも殿下はシャロンに視線を戻しつつ、真剣な表情でそういった。
「え?」
「……彼女は愛の深い令嬢です。大切な人間を傷つけられれば激高し、人外さえも叩きのめす。それがシャロンです」
「そうですね」
その人外は現在正座のし過ぎで足の感覚を失いもだえ苦しんでいるけれど。
「ええ、ですが、それがシャロンの魅力でもある。少々彼女は規格外ではありますが……彼女を狙う、人間は多い」
「……」
「もちろん彼女は自分に降りかかる火の粉など振り払えるでしょう。……けれど、それはただ指をこまねいている理由にはなりません。私たちは王子と公爵家後継。立場を放棄してエイヴァのようにシャロンを追いかけることはできませんが……」
殿下は笑った。
「だからこそ、逃がしませんし、誰かにとられるつもりもない。……自由すぎる彼女がここにとどまる『理由』になる」
おいていかないでとすがるのではなく、置いていけなくなるように。そう微笑む殿下は美しく……悪魔みたいだった。すごく邪悪だった。彼は手段を選ぶつもりがなかった。僕にはわかる。だから僕は、僕は……
たぶん、殿下と同じ種類の笑みを浮かべて、その手を取った。