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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/44 欲しいもの、全部


 エルシオによるアッケンバーグ伯爵家の弾劾。それは勧善懲悪劇でなければならなかった。いくら契約書に関係がないと記されていたとしても、世間に与える心証としては、実家が礼儀もわきまえない国への不忠ものであるというイメージはエルに多かれ少なかれ悪影響を及ぼす。


 一連の事件では確かに私が叩き潰すこともできたが、それをあえてせずにエルの動きを待ったのは、エル自身の心の整理という意味もあり、エル自身は清廉潔白であるのだと世間に印象付けるためでもあった。


 人の口に戸はたてられない。あの場にはアッケンバーグ伯爵家の使用人も居合わせたし、私の『影』も数人潜んでいた。いずれ伯爵家の使用人は伯爵家を離れるだろうし、そうすればうわさがうわさを呼ぶことは想像に難くない。『影』たち至っては言わずもがなだ。


 世間とは、お涙頂戴な『正義の物語』を好むものなのだ。親に虐げられながらも努力を怠らなかった不遇の美少年がやがては見いだされ、己を虐げた実家の不正を暴く。面白おかしく尾ひれはひれはつくだろうが、大筋はそうなるように、すでに『影』さんたちも動いている。みんな超笑顔だったのできっと生き生きといい仕事をしてくれると思う。『天使の布教ですね』となにかわからないことを言っていた気もするが、問題はないだろう。


 伯爵家の人間はおそらく爵位のはく奪……ぬるくても降格と当主のすげ替え。多分後釜は親戚筋から見繕われるだろう。そのようなことを死んだ瞳で国王が言っていた。「また仕事が増えやがった畜生みんな腐ってやがる焼き払いたい」などと妄言が付随していた気もするが、気のせいだろう。どっちにしろ国の判断については私たちがどうこう言うことではない。ランスリー家としての制裁は既に決定している。それで充分であるしそれ以上は一公爵家として不相応だ。まあぶっちゃけもはやどうでもいいので国王が頑張ればいいと思う。


「なあ、なんでお前が動くと俺が苦労すんの? 俺が嫌いなの?」


 などとどこかの誰かが執務室で山積みの決裁書類に囲まれて半泣きだったけれど私には関係のないことだ。そして私は彼を嫌ってはいない。使える者は馬車馬のごとくこき使うだけだ。きりきり働いて宰相と王妃様の小言をもらわないようにすべきだと思う。がんばれ。私は応援しかしない。


 そしてそんな私は今現在きりきり働いている彼の愛息子とひとしきり笑い転げてやっと一息ついたところである。私たちの目の前では相変わらず顔を真っ赤にしたエルがみんなに愛でられていてあわあわとしていてあまりにも愛らしい。エイヴァはエイヴァで命を狙われ続けながら平然と甘味を味わい、甘味に飽きるとどこからともなくせんべいを取り出して貪り食い始めたところだった。なぜあそこまで堂々としていられるのか理解に苦しむ。ちなみにせんべいもわがアザレア商会で開発中かつ発売前の商品である。エイヴァの盗歴がまた一つ増えた。そろそろ私直々にヤキを入れるべきかもしれない。盗難は、犯罪である。


「あなたは本当に容赦がないですね」


 エイヴァへのお仕置き課題を何にすべきか考えを巡らせていれば、隣からしみじみとした声がかけられた。視線を向ければ、そこには案の定、声と同じしみじみとした表情のジルが私を見つめていた。


「あら、なんのことです?」

「はは、伯爵家にも、エルシオにも、もちろん陛下にも。それぞれに役割を振ってあなた自身は動かず待つ。そして望む結果を手に入れる。見事な手腕です。伯爵家はいったいどこからあなたの掌の上で踊っていたのか、興味深いですよ」


 にっこり。にっこり。


 しらばっくれて聞き返した私にジルがほほ笑むので、私も満面の笑みで迎え撃った。うむ、今日もジルは顔が美しい。彫刻のようだ。黙っていれば目の保養になるのに。しかし白々しいのはそんなジルも同様である。


「あらあら、まあまあ。躍らせるだなんて。言いがかりですわ。あれは自滅よ? ふふ。そして私が聞いてもいないのに、かの家の興味深いお話(・・・・・・)をたくさんしてくださったのはあなたでしょう? 感謝していますわ?」

「おや、謙遜されますか。私の世間話をもそんなところで役だてる、あなたは油断がならないお人です。しかし偶然ながら、光栄ですね。やはり耳目は広く持つものです、どこにどのようなきっかけが転がっているかわからない。身につまされる思いですよ」

「まあ、それこそ偶然の産物ですわ。けれどジルのその勤勉な姿勢。私も見習わなくては。知識、伝、視野……深く広いに越したことはございませんものね」

「日に日に交友の幅を広げられていると耳にしていますよ、素晴らしいことです」

「ふふ、ジルには及びませんわ。顔が広く『ご友人』も多いと伺っていますよ。多くの市民に耳を傾け心を砕く、殿下のお優しい心……我が国の未来は明るいですわね」

「希代の魔術師と言われ、『学院の救世女王』とも名高いあなたにそういっていただけるとは。これからも期待にこたえられるように精進しなければなりませんね」

「『宵月の王子』様は謙虚でいらっしゃるわね」


 ふふふ、ははは。


 アッケンバーグ伯爵家では発生しなかった嫌味交じりの言葉遊びである。にじみ出る威圧感、探り合う腹の内。油断をすればいいように情報を盗られるだろう。しかし、遊びだ。だって、私たちの間ではよくあることだ。「あそこだけ空気が寒いよね」「シャーロットとジルファイスだ、あいつらも飽きんな」などとエルとエイヴァに言われるくらいには、よくあることだ。メリィなどは「本日もお嬢様の毒は絶好調ですね」と微笑まし気に見ている。でも多分その反応は、間違っている。


 しかしエイヴァがどうのと言ってはいたが、やはりジルだってエルのことを相当心配していたのだろう。こうしていつもの会話をしていると安堵しているのが透けて見える。エルが愛されていてお姉ちゃんはうれしいよ。まあだからこそランスリー邸にて待ち伏せなどできたのだろう。いくらエイヴァのことがあったとて、そうそう気安く主人のいない屋敷に他人を上げはしないのだ、うちの使用人さんたちは。そしていつもはジルに対して少々警戒心がどういうわけか高めなメリィがほほえましげなのもそれが理由だろう。ジルよ、お前は見透かされている。


 まあ、この日常に戻ってきたのが実感できて、私も楽しいのだけれどね。だがしかし、私はひとつ言いたい。


 『学院の救世女王』という呼称は、やめろ。









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