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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/43 その重さを抱きしめて


 いかに彼らの胸の内が荒れ狂い、エルを傷つけたことが重い罪であるのか、私の手を煩わせたことが愚かの極みなのか、ランスリー家をなめ切ってちょっかいを出そうとしたことが許しがたい暴挙であるのか、エルがいかに愛らしく優秀でかわいくて優しくていい子で努力家でまじめで頭がよくて柔軟性もあってランスリー家にとって、いやこの国この世界にとって大切な至宝であるのか。彼らは語りつくし、闇討ちを譲らなかった。私はおおむね同意し、しかし闇討ちはいけないとなだめた。エルは次第に耳まで真っ赤に染めて小さくソファに縮こまっていた。激しい戦いだった。


 しかし決め手は私の魂の叫びだった。


「過ぎ去った無礼者の所業や処罰の決まっている愚か者の末路をどうこうと騒ぐ暇があるのならば、今この瞬間盛大に照れているエルを見て癒されなさい! 愛らしいでしょう! なんてかわいいの!」


 ハッと、メリィもアリィも、いつの間にかわらわらわらわら姿を現し部屋中に集まっていた使用人のみんなも正気付き、エルを見つめた。ソファに縮こまっていたエルは私の叫びに口をぱくぱくと開閉させ、ほほをリンゴのように真っ赤にさせ、羞恥に目を潤ませて、ピルピルと震えていた。


「しゃろぉん……」


 ばっさばさのまつ毛の下から上目遣いに私をにらむエルは最高に愛らしいはかなげ美少年だった。


「うっ」「うっ」「ううっ」


 使用人さんたちはハートを撃ち抜かれ、心臓を抑え、時には鼻を抑えながらうずくまったりそのまま倒れたりしている。


「天使……っ!」


 ぐっとサムズアップしたのはアリィだった。彼は萌え殺されて吐血していた。端的に言ってカオスだった。


 しかしここで。


「……相変わらず、愛の重い家ですね」


 冷静な声が私のすぐ横からふってきた。とても聞き覚えのある声だった。


「あら、素敵でしょう? あなたのご家族も、愛溢れる方々ではありませんか。……ねえ、ジル」


 にっこり、私は笑った。にっこり、ジルも笑った。そう、なぜか、このランスリー家の愛の再確認ほっこりシーンに平然と混ざっているのはかのストーカー王子だった。なんで混ざっているんだお前。何しに来たんだ帰れ。むしろどうやって侵入したんだ訴えるぞ。


「おや。驚かないのですね」

「ええ、あなた様の気配は帰宅した時から感じていましたので、驚きはありませんわ。あなた様がここにいらっしゃる理由は存じませんけれど。なぜジル、あなたがここにいらっしゃるのです?」


 ふふっと、上品に口元に手を添えて尋ねる。ちなみにアリィをはじめ、使用人さんたちにかわるがわる愛でられ愛されほめ殺されているエルはこっちの様子に気づきつつも意識を割く余裕がないようだ。助けてくれという気配を激しく感じるが、みんなの愛を甘んじて受け止めて彼らの殺意の鎮火を頑張ってほしいと思う。再燃して口論再びとなってしまっては困るのだ。うっかり私の殺意に火がついてアッケンバーグ伯爵家を喜々としてなかったことにしてしまうかもしれないじゃないか。


 なので今の問題はジルの存在である。しかしジルは、ははは、と軽快に乾いた笑いを上げた。そしてすっと一点を示す。


「あれが理由ですね」


 あれとは。私は視線をジルの示す先に転じた。そしてジト目になった。その先にいたのは。


「なんと、エルシオ、今日もまた辛気臭い顔をしているな! チョコを食うか? 苺もあるぞ? チーズケーキがいいか? アップルパイはどうだ! お、飴があるではないか! これはうまいな!」


 甘味の押し売りをするエイヴァだった。しかも最後はメリィたちが私たちに出したお茶請けの菓子を勝手につまんで味わっている。何をしているのだろうあの『魔』は。その背後では無表情なのに滅殺を誓っているとよくわかる器用な表情でディーネとノーミーが絶妙に部屋にも私たちにもほかの使用人にも被害が行かないコンビネーションで延々とエイヴァの首を狙っている。多分エイヴァが抱えているのはいつものように我が家の台所で強奪した甘味なのだろう。それを堂々とエルに勧めるあたり恥知らずである。


 ディーネとノーミーの攻撃はピンポイントで急所を狙ってくるあたり全然ためらいもなければ容赦もないけれど、それを軽々とよけつつもエルに延々と甘味を勧めながら自らも甘味を味わい、ずうずうしくも紅茶をメリィに所望するエイヴァがどうしようもなく残念な生き物にしか見えない。何をしているのだろうかあの『魔』は。


 すん、と真顔で私はジルに説明を求めた。


「いえ、あなた方の家で度重なる盗みを働くという生物として恥ずべき行動をしていたエイヴァが目に余りましたので、王城の地下で監禁……ごほん、反省してもらっていたのですけれど、エイヴァが今夕唐突に『甘味が足りぬぅ! 禁断症状だ!』などと訳の分からないことをわめいて脱獄……いえ、脱走しまして」

「……」

「すぐに手の者に追わせたのですが、どうせ目的地は甘味のあ(ランスリー公爵)る場所(邸の台所)だろうと思いましてね。初めはシャロンもエルシオもいませんし、皆さん戸惑っていらっしゃいましたが、事情を話したら快く待ち伏せに協力していただけました」

「……」

「あなた方が帰宅する前には捕縛……捕獲を終了させておくはずだったのですが、思いのほか早い帰りだったもので、このような状況となったわけです。エイヴァは混乱のすきをついて侵入したようですね、まったく、仕方のない方です」


 やれやれ、とジルは首を振った。相変わらず部屋の中は賑やかしく混とんとしている。エイヴァがエルにチョコレートを食べさせては感想を求め、ほほを染めたエルにアリィたちがうっとりと見とれ、その間隙を縫いながらエイヴァが命を狙われている。


 なんというか。なんなんだ、としか言えないカオスである。


 ぷっと。なんだかどうしようもなくて、噴き出したのは私とジル、同時だったと思う。










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