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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/38 家族の肖像


 ギムート・アッケンバーグ伯爵。


 彼はおそらく、ランスリー公爵家がなぜ『筆頭』と呼ばれるのか分かっていなかった。魔術という『武力』にしか能のない家だと思っていたのか、あるいは以前の豚領主代理の豚のような所業による一時的な弱体化をそのまま『家』の弱さと思ったのか。こちらが女子供だからと舐め切っていることもわかりやすすぎるくらいわかりやすかった。


 しかし『ランスリー家の怪』なるうわさを持って持ち直した領地経営をみて、その秘密を探ろうとしたのだろう。それを『シャーロット・ランスリー』ではなく現領主代理と執事長の手腕であると勘違いしていたようだが。思惑通りに思い込んでくれて私はすごく、なんていうか、こいつ大丈夫かなって思った。


 そしてまあ、結果は経営好転の秘密などわからないまま。そもそも領主代理がやってるんじゃないし。だからこそ手ごまが暴走したんだろうし、せめてもと恩恵をわかりやすい形で受けようとして取引現場で名を出したりしたのだろう。そしてそれらがばれていないと思っていた。すごくおめでたいと思う。探りを入れたら探られ返すという発想はなかったのだろうか。無防備すぎてびっくりしたって『影』さんたちから報告があったんだけど。わきが甘い、甘すぎる。


 ちなみに、ぶっちゃけアッケンバーグ伯爵家だけでなくうちに探りを入れようとしたのはいっぱいいた。掃いて捨てるほどいたよ。大体全部去年のタロラード王弟公爵の事件の際に掃除されただけだ。そしてアッケンバーグ伯爵家は保守的な家だけあってそんな反逆に加担していなかっただけである。ほかのつぶされてない家は、探りには来ても侵入未遂とか誘拐未遂とかあからさまなことはしていない。そんな短慮を起こす手ごまなど雇わない。てか普通に犯罪だ。完全犯罪でやり遂げるならまだしも、ひそかな情報収集を命じたらお粗末な犯罪を犯して帰ってくる。そんな華麗な裏切りを許してどうするのだろう。


 ……アッケンバーグ家は何というか、私たちをなめ切っていたからこそ手ごまに対する報酬など、出費を抑えてその辺のを使っても大丈夫とかいうよくわからない謎の自信があったっぽい。その自信がどこから来たのかさっぱりわからない。ちなみに『領内に侵入してエルに討伐された賊』とは、かの『散切り頭のチョウ』が率いるゆかいな仲間たちだった。天使のほほえみを習得しようとして野盗のほほえみになってしまう、そんな彼らである。なぜ、彼らで任務を遂行できると思ったのかはなはだ疑問である。


 ちなみに彼ら、以前は下町にたむろして町民から金を巻き上げようとして肝っ玉母さんにどやされて引き下がることを繰り返していた、粋がろうとして粋がり切れないチンピラモドキだった。彼らの何を見て使えると思ったのか全然わからなくてめまいがした。頭の悪さがいい感じに使えると思ったのだろうか……? 確かに彼らはとても素直だ。彼らのグループではないが、そのほか差し向けられたのも似たり寄ったりな感じだった。逆にどうやって集めたのか気になったくらいだ。ボコってお話をしたらすごくイイ子たちになってくれた。


 なので、『領民と分かりあう努力をしている』とか『令嬢と令息は領民に好かれている』とか、別に嘘じゃないけどみんな知っていることだけを報告してもらった。凝り固まった選民思想のあるアッケンバーグ伯爵はランスリー家が領民に阿っていると華麗なる勘違いをしたようだった。そして実は差し向けた手駒に裏切られているとは思いもつかずにランスリー家の力は大したことはないと思い違いをした。


 加えて、エルが魔術を使えるようになっていることはもはや周知の事実なのだから耳に入っていないはずがないのに、信じたくないのか何なのか、『魔術にたけたランスリーだからこそのインチキをしている卑怯者』だと解釈していたようだ。そんな想像力のたくましさはいらない。もうちょっと素直に現実を見つめろよって笑顔でアリィが吐き捨てていた。目が笑っていなかった。


 さて、そんなアッケンバーグ伯爵家は、自分では狡猾に立ち回っているつもりのようなのだが、私がエルとの初対面の場で伯爵に抱いた印象の通り、非常に小物であった。ぶっちゃけうっとうしいけど実質的被害はランスリー家にはない。


 だが、彼らの所業は犯罪だ。許されないのである。そしてそれを今懇々とエルに説明されているのがこの状況なわけだ。この説明の場に女である私と、彼らが軽視するエルとでやってきたことも、開口一番要求をぶった切ったことも、私がずっと笑顔だったこともまあもろもろで煽りに煽った結果、彼らは明確なる不敬罪という罪をさらに重ねたわけだが。なんという上塗り。頭の中身が心配である。


 まあ、許さないけど。


 彼らの今までのランスリー公爵家をなめ切った行動もそうであるが、何よりも、エルに対する言動を、私は、私たちは許せない。


 あの子は、アッケンバーグ伯爵家を憎んではいない。恨んでもいない。それほどの感情をもはや、彼らに向けてはいない。


 無関心。だがそれは、エルが彼らのしたことを水に流したというわけではない。それは許しではない。それらをただ、過去にしてしまっただけ。感情を向けなくなっただけ。


 憎しみがあれば。恨みがあれば。それが晴れた時が許しになったのかもしれない。例えば永遠に許されなかったとして、贖罪の機会はきっとあった。それを伯爵家が望むかは別だけれど。


 でもエルがアッケンバーグ伯爵家に向ける感情はもはや潰えている。


 優しいあの子が許しの機会すら与えられないほど、あの子を傷つけたアッケンバーグ伯爵家の人々を、あの子を愛している私たちはやっぱり、許せない。


 もっと早く、本当はつぶせた。その証拠は十分だった。それでもまあ実害はほぼなかったし、エルの生家であることに変わりはないから、時期を待った。


 そして今、エルは迷いを振り切り、『ランスリー公爵家の一員』として前を向いている。


 この部屋にはアッケンバーグ伯爵一家の肖像画が飾られている。中央にどっしりと構えた当主、寄り添う夫人、キリリと前を向く青年と少年、控えめに笑う少女。数年前に描かれたのだろうそれのどこにも、エルの姿はない。それがこの家のすべてで、それを見て瞳一つ揺らさなかったのが、今のエルなのだ。









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