5/37 きっとどこにも進めない
アッケンバーグ伯爵家とは、良くも悪くも保守的であると思う。よく言えば伝統を重視し、悪く言えば視野が狭く偏っている。
魔力至上主義であり男性優位志向であり、家父長制を絶対だと考えている。まあ別にこれらはメイソード王国全体でもおおむねそうであるし、そもそもこの世界そのものがそういった傾向が強い国が多い。だからアッケンバーグ伯爵家があからさまに間違った独自の思想を持っているというわけではない。
だがしかし、メイソード王国で主流であったそれらの主義主張が近年変化を見せているのも事実なのだ。
例えば魔力至上主義。ランスリーが特別な存在であるように、この国の半数以上の国民が魔力を持つように、魔力持ちが魔術師が、一定の力とステータスを持っていることは今も同じだ。しかし、次代の王子二人を比べた時、魔術に秀でたのは弟であるジルのほうなのだ。けれど王太子はラルファイス殿下である。あれはジルの性格・希望ももちろんあるが……周囲からも確実に第一王子が玉座を継ぐことを望まれている。現国王VS王弟の政戦のようなことも起こっていないし起こる気配もない。ここで若干、魔力至上主義は揺らいでいる。戸籍を整備し魔力なしの貴族子弟を隠せなくなったことや、魔力量や魔術技量にかかわらず適材適所で人材を配置する現国王アレクシオ・メイソードの采配も関係しており、かつてよりその風潮は地味に弱まっている。
あるいは男性優位志向。ぶっちゃけ男尊女卑である。現在でも女が爵位を継ぐことは認められていないし、女騎士も少ないし、あらゆる場面で女が前面に出ることをはしたないと蔑む人間はいる。だがしかしここでも煌めいているのは王家の人々である。外交を一手に担う麗しき賢女、微笑みでもって旦那に諫言をためらわず、時にこぶしで語る女傑。アリス・メイソード王妃殿下の存在は国内外で評判である。フィマード伯爵家のエリザベス嬢しかり、ロメルンテ公爵家令嬢にして王太子の婚約者、イリーナ様しかり。心身ともに強い女が多く、彼女たちは総じてしたたかだ。そこらの男など相手にならないのだからいつまでも侮るだけでは足元をすくわれると聡いものほど気付いている。
そして、家父長制。明確なてっぺんがいなければ貴族などやっていられないのだから家長が強権を持ちそれ以下は唯々諾々としたがう、という家は多かった。悪いとは言わない。まともな家長が回すなら効率的な方法の一つだ。極端な話、買い物一つにまで家族みんなで多数決をとるとかいちいちしていたらいつまでたっても仕事は終わらないのだ。だがしかし阿呆が頂点にいても盲目追従前ならえとなることを推奨しているわけでは断じてない。そんなことを許そうものなら没落まっしぐらである。
王妃様がやらかす国王陛下にこぶしで語るように、宰相が常に国王の言動に目を光らせときに諫言をためらわないように、我がランスリー家の使用人さんたちが私たちを深すぎる愛で包みながらちゃんと意見をくれるように、決定権は家長が持っていても下の者の意見に耳を傾けることを忘れてはいけない。それができなければただの暴君。独裁者である。
……まあ、うん。うちの使用人さんたちはちょっと過激っていうかやっぱり愛が深すぎるっていうか……一定の条件下では暴走することもなきしにもあらずなので私たちが止める側にいることもしばしばあるんだけど。こないだは懲りずに不法侵入を繰り返すエイヴァをいかに抹殺するかを全員で話し合ってた。なお、彼は現在、王家が後見だし学院寮に放逐するには不安すぎるし、うちにいつまでも置いておくのも社会経験にならないので王宮住まいになっている。それが決定した時にはジルと国王がチベットスナギツネのような顔になっていたが、まあどうでもいい些末事だろう。ただまあ、入学から二か月とちょっとぐらいの間はうちで預かってみっちり『お勉強』していた居候だった。
だがそんなエイヴァに容赦のかけらもなく狩りに行くうちの使用人さんたちはそのたった二か月と少しの間にエイヴァに多大な迷惑を被っている。そして多分、全力で殺しに行っても死なない、そんな信頼に満ちた存在であるエイヴァをある種の訓練相手兼戦友みたいに認識している。エイヴァの抹殺計画を立てる彼らは生き生きしていてとっても狂気を感じた。その抹殺計画をやすやすと受け流すエイヴァも楽しそうだった。エルだけが必死になって止めていた。誰もが癒されていたが誰も止まらなかった。庭でガチバトルを繰り広げた使用人さんたちとエイヴァを、戦闘行為につきぐっちゃぐちゃになった庭で正座させ、自分も正座をして懇々と諭していた光景は記憶に新しい。
話がそれた。
つまり、何が言いたいのかというと、アッケンバーグ伯爵家は若干考え方が古臭いうえに偏っているということである。
女性である私や、メリィたちにかかわらず後ろに控えた使用人さんたちのことを重要視していないことがありありとわかるし、エルのことも魔術を行使できなかったという過去だけで軽視、いな、蔑視している。ある意味とても正直でまっすぐではあるだろう。自分の価値観を貫き通すという意味では芯が通っているとさえいえるかもしれない。
だが柔軟性も足りなければ視野も狭い。それらを改善しようとする傾向もなければそもそもそれらの欠点を自覚すらしていないのではないだろうか。
だから、彼らはつぶされる。
彼らが軽視し、今に至ってもその実力を正当に評価しない、したくないと考えているエルシオ・ランスリーによって。