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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/36 愛せなかったものと愛されなかったものと届くことのない言葉(ギムート視点)


 小娘一人が残された家。爵位は男子が継承するもの、婿を取るか養子をとるかしか選択肢がない。もともと成立寸前まで進んでいた話だ。立ち直りかけでまだ安定せぬランスリー家相手であればゴリ押しもできる。


 その目算は正しかった。ランスリーの家では寝耳に水と言わんばかりの混乱があったようだが結局は養子縁組を受け入れたのだから笑いが止まらない。領主代理は慣れぬながらも腕のいい人物、立て直し初期の混乱の中で話を通してしまえばこちらのもので、その隆盛を取り戻していくランスリー家の恩恵にあずかるのはたやすかった。無能な故・ランスリー公爵を支えた執事長とやらも事務能力だけは手際が良く、手続きはとんとん拍子。


 落ちこぼれのあれが厄介払いできただけではなく、思わぬ幸運を運んできた。保険として、あの無能者が公爵家で何をしようがすでにランスリー家で生きる者であるからにはこちらとは一切の関係がないことを確かに約した。抜かりはなかった。


 ――なかった、はずだった。


 これからはランスリーを背後に従え、その権力をゆくゆくは掌握し、アッケンバーグ伯爵家が王家からの信頼も勝ち取りこの国の中心となっていくのだと――未来への展望を、疑っていなかった。


 けれど、では、今のこの状況は……なんだろう。


 侮っていた。いや、気にかけてすらいなかった。不出来な末子も、お飾りの令嬢も。注意すべきはランスリーの領主代理くらいだと思っていた。


 それが、今目の前にいるのはその不出来な末子とお飾りの令嬢。要求は退けられ脅しもきかず、エディスはやり込められた上に国に仇なす賊とでも言いたげにこちらを睥睨している。


 ちがう。そうではない。なぜ、そんなことになった。私は国に叛意など抱いてはいない。そんなことは望んでいない!


「は、はは、……愚息……エディスの言葉が過ぎていたようですが……これはまだ学生の身、未熟な子供です。寛大なお心をあなた方ならお持ちでしょう。感情的になるのはいただけない、私も厳しく今後指導いたしましょう。しかしそれだけの熱意があるからと分かっていただけると思っておりますぞ。ランスリー公爵家への侮辱など思ってもいない。陛下への叛意などもってのほか! ……契約破棄? 何のことか……確かに書面では約しておりますが、わが伯爵家とランスリー公爵家との関係をもっと強固にし、共存共栄していくための手段です。『ランスリー公爵家』の繁栄のためにも、エルシオは我々の手を取るべきであると……そういう意味であって、」


 巻き返さなければ。巻き返さなければ! 幸いにしてこの場にランスリー領領主代理は足を運んでいない。子供がたった二人、いくらでも言いくるめられる――が。


「アッケンバーグ伯爵」


 他人行儀な呼び名で私を遮ったのは、それを異物たらしめる美しい顔貌をまっすぐこちらに向ける、少年。黄土色の髪にこげ茶色の瞳。色彩だけはアッケンバーグ伯爵家を思わせるそれ。


「もう、遅いんですよ」


 諭すように告げられる。


「なん、だと……」


 お前に何が分かるのだと、にらんだ。けれど。


「……昨年。ランスリー公爵領に侵入した賊」


 一瞬。意味がくみ取れず、しかし次の瞬間ひゅっと、息が詰まった、気がした。


「ランスリー領領都にて多発した誘拐未遂。屋敷への侵入未遂。農産物の不当な値上げ。領境守衛の買収未遂。了承なくランスリー家の名を前面に出した取引がいくつか……」

「あ、……」


 『それ』は、やさしげに笑った。



「ばれてないと、思っていました?」



 はじめて、この子供の顔を、こんなにも食い入るように見たと思った。


「なんの、ことか、」

「実行犯の方々が、すべてお話ししてくださいましたよ?」


「そんなはずはない! 陰謀だ! 誰かが私たちをはめようとしている!」


 証拠は、全て隠滅したはずだった。覚えがあった、あげられたすべてに。しかし。しかし! 賊は口止めをしていたし伯爵家の命だなどと匂わせないよういくつも仲介を通した。そのほかの計画もしかり。そもそも誘拐や侵入は結果的にその手の者がこちらの求める情報をうまく得られぬから先走っただけで指示していないこと! いや、そもそもはったりだ、それらの実行犯は捕まってなどいない!


「まず賊ですが、僕自身が機会に恵まれましてとらえました。不良に毛が生えたような素人の集団で、現在は罰を受けたうえで冒険者ギルドで働いています。彼らはみな素直だったので、依頼元を探るのは難しくありませんでしたよ」

「な、」

「誘拐未遂。もともとはわが領の発展の秘密を探ろうとしていたようですね。カモフラージュが賊の襲撃だったことも調べがついていますよ。守衛の買収以下の画策ともども成功したものはないようですが」

「ちが、」

「それゆえ探れぬうちに短気を起こしたものがいたようですね。屋敷への侵入未遂もしかり。実行犯はとらえましたし、シャロン含めみんなで『お話』をしたら協力的になっていただけまして……彼らから届いた『報告』はいかがでしたか?」



 にっこり、笑う『それ』の表情は、隣の令嬢とよく似た微笑みだった。




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