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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/35 その天秤を揺らすのはだれか(ギムート視点)


 侮っていた。いや、気にかけてすらいなかった。不出来な末子も、お飾りの令嬢も。


 ――わがアッケンバーグ伯爵家の歴史はそこそこに古い。武断の家ではないが、それなりに魔術のコントロールには定評があり、かのランスリー家と薄れたりといえども血縁関係もある。数代に一人は王宮魔術師になるものもいる。領地は農業が主産業でこれと言って突出した特徴はないが、経営が破綻するほど荒れた土地でもなければ治安が悪いわけでもない。良くも悪くも中堅。中央での発言権としては中の下といったところ。中立派に属し、それなりに実力のある文官を輩出することが多い家。


 強いての特色といえば、当主の発言権が他家と比べても強いことだろうか。多く貴族家では家長が絶対の権力を持つが、次代やときには配偶者、先代、あるいは家宰。その意見を尊重するという家風も存在する。最近ではフィマード伯爵家などか。あそこは当主よりも娘のほうがよほど有能、男児であればと望む声は多いと聞いた。女が政務に口を出すなどぞっとしないが、フィマード伯はその正直さしか能のない男。今に娘ともども失策で倒れるだろうと予想している。


 当主は家の代表である。堂々と、だれよりも強くあらねばならぬ。その強き主に家の者が従うのは当然だろう。上に下が従えぬ家などは統率の取れていない証拠。軟弱さの表れだ。我らが国王陛下がその辣腕で国を統べておられるように、強き畏き唯一が治めることこそが政治の正しい形であるのだ。


 そうであるからして私は妻にも子らにもそのように教え導いた。私自身が同じように父から教えを受けた。家長を頂点に男児、そして妻、女児。明確な序列。覆らぬ力関係。そうでなければ地盤が揺らぐ。絶対の命令系統はつまりは安定と意志の統一だ。下の者が上の者に逆らうことは許されないのだ。


 そういう風に、できている。

 そうであるべきなのだ。


 しかし時には柔軟性も必要だろう。能力的に明らかに劣っている能無しに与える権力などない。それは混乱しか生まない所業だ。


 ――わが血を引きながら出来損ないが生まれたことをどれだけ私が嘆いたか、正しく理解できるものなどいないだろう。


 エルシオ。そう名付けた末子。誰よりも私に似なかった異質な子供。

 わが子の中で唯一、魔術を行使できない生まれそこない。


 魔力はある。それはいっそ人より多いほどだった。それゆえに期待もあった。……魔術師にあれが教えを請い、ことごとく失敗に終わるまでは。


 一年。一年かけて、何の成果も出せなかった。教師もさじを投げ、我が家の恥を隠すため口止めに余計な出費まで強いられた。それでもうわさが漏れた時には歯ぎしりをしたものだが。


 我が家の汚点であり、わかりやすい失敗作。もはやあれを視界に入れたくもなかった。


 それでも屋敷内に部屋も食事も与えた。魔力はあった、だから五歳の魔力測定後にあれの存在は多少なりとも公にしてしまった。いつかそれを発現するかもしれぬと可能性もなかったわけではない。だから生かした。上の兄弟も気が向けば丁寧にあれの面倒を見ていたようだ。無能には十分すぎるほどの慈悲だろう。それなのに何の進歩を見せなかったあれが、心底恥ずかしく疎ましかった。


 生まなければよかったと妻は言った。

 その卑屈さを治せないのかと長男はこぼした。

 女のような顔をしてこびていると娘は吐き捨てた。

 その異質さがおぞましいと次男は顔をゆがめていた。


 そのすべてが正しい意見だろう。異質であり軋轢しか生まない存在。それがあれだった。


 だから、それがまさかわが伯爵家に利をもたらすとは思ってもいなかった。五歳のころ以降全く表には出していなかったあの子供。しかしあれの存在は確かに公になっており、その魔力量の多さは多少人目を引くものだった。


 おそらくは、それに目を付けた。それだけしか知らなかったということは耳目の質の悪さに失笑しか出ない。まあ、エディスから聞くに顔のいいおもちゃを求める娘のわがままもあったのだろうが。


 ――ランスリー筆頭公爵家。押しも押されもせぬ魔術の大家。『紫の瞳の鬼』と異名をとった当代随一の魔術使いたる、戦争の英雄を擁する大貴族。


 それが我が家に持ち込んだ、養子縁組の話。跳ねる理由など何もなかった。出来損ないがようやく役に立つ。望んだのはあちらの家、その子供が欠陥品であったとして、情報不足はあちらの落ち度。何より、かのランスリーと縁付ける。これ以上なくいい厄介払いだった。その中身が武にしか能がないとして、その名が持つ影響力と国からの信頼、実績、歴史。どれを取っても利益しかなかった。主が無能ならなおさらだ。かの大貴族を私が、私こそがうまく利用し、ともすれば公爵家をもいいように動かせるかもしれぬ。無能な当主が頭ならその下は知れたもの。アドルフ・ランスリーは武功は聞くが政治の場でその手腕をうたわれたことはほぼない人物だった。……その面の良さで、年配高位貴族に取り入ってはいたようだが。


 それがあっけなく病で逝ったときは歯噛みしたものだ。……残ったのは役にも立たぬ女児が一人。公爵令嬢、シャーロット・ランスリー。曰く常軌を逸した人見知り。化け物並みの魔力と母親譲りの美貌を持つが、それを使いこなすほどの才覚もない小娘。領主代理に実権を握られ、ランスリーの落ちぶれようはひどいものだった。厄介払いができなかったのは腹立たしい限りだが、落ちる家と共倒れにならなかった己の運の良さに笑った。


 ――けれど本当に笑ったのは、そのランスリーが思わぬ幸運をものにし、奇跡的に立ち直ったこと。何も出来ぬ小娘とまだ領地経営になれぬ上に前任の悪行で信頼されぬ領主代理。……好機が、めぐってきたと思った。







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