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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/30 そういう風に作られている(エディス視点)


 臆病で、愚かで、何の力もない『あれ』が、なぜそんな幸運に恵まれる。野望などあったわけではない。それでも、それでも。

 ――許せなかったのだ。


 『あれ』は、俺よりも下位の存在で。蔑まれるべき矮小なもので。誰にも知られず、誰にも見られず、消えていくはずの。


 それが、どうしてこうなったのだ。


 ……確かに、『あれ』が引き取られていったことでランスリー公爵家の威光が使えるようになり、我が家の経営は以前よりも潤滑になった。父はその権威を大いに活用し、様々なことに手を広げようと試みている。まあ、それがうまくいっているかどうかは別の話だが……。


 利用できるものは利用する。それは当然であるだろう。何よりこちらは一応仮にも子供一人を差し出しているのだ。多少の此方の意見は通るべきであるだろう。たとえ、差し出したそれが、何のとりえもない、少々顔が小奇麗なだけの、役立たずであったとしてもだ。


 ――あァ。そうか。『あれ』が選ばれたのは、そう言う理由があったのかもしれない。ランスリー家に残された遺児は、『あれ』と歳の変わらない令嬢だ。俺たち兄弟は、基本的に父に顔が似ている。醜いと卑下するつもりはないが、美しいかと問われればそうではないと判っている。けれど異物である『あれ』は、確かに外見は整っているのだ。


 ランスリー家の令嬢はひどく恵まれた容貌をしている。学院で聞き及ぶように、さすがは『鬼』の娘、その秘めたる魔力も強大であるようだ。だがしかし所詮は年端もいかぬ小娘。実権は領収代理にとられ、それがために持ち直した領地で遊ぶ、そこらの貴族の小娘と変わらぬ腑抜けた頭しかもっていないのだろう。


 女などは、美しいものに目がなく、自らを着飾ることに執着し、綺麗なものをきれいだと、かわいいと、そう言っている自分を可愛いと思っている。そんな、頭も中身もない生き物だ。それが選んだというのだからなるほど、能力でなく才でなく、ただ綺麗なおもちゃを手に入れる感覚で、『あれ』を所望したのだろうか。


 ――だとすれば存命であった頃のランスリー公爵夫妻は、娘を溺愛していたという噂は、間違いではないのだろう。学院に入学してきたかの令嬢。遠目に見たことのあるその顔。頭のおかしい教師どもを蹴散らす姿は野蛮なれど確かに美しく強かった。けれど異端の平民から宵月の王子まで――美しい高位貴族を侍らせて、笑う。


 やはり、頭の足りないのぼせた女なのだと思わざるを得ない。地位の高さ、魔力の高さ、その美しさに周りは騙されるのかもしれないけれど。いや、むしろ周りの人間も総じて頭が足りないのかもしれない。そう思えば自然と口元がゆがんだのが、自分でもわかった。


 あんな集団、どれだけ見目麗しかろうとも反吐が出る。価値もない、意味もない。――俺を見ない者共なんて。


 だから、初めは関わろうとは思わなかった。けれどそれからすぐに、父に打診されることになる。かつて、『弟』であった『あれ』と、接触を測れという命令だった。


 なぜかと問えば、ランスリー家からもっと金を引き出すためだという。迂遠な言い方をしていたが、言ってしまえばそう言うこと。――王から派遣された領主代理は、なかなかに手強い人物らしい。こちらとしては友好的な関係を築いていくつもりであるというのに、一定以上の関係を結ばせてはくれないのだという。


 ランスリー家の令嬢は頭が足りなくて話にならない。けれど障害にもなりはしないだろうから捨て置いて。一応、次期当主という立場におさまった『あれ』ならば、領主代理も折れざるを得ないだろうと父は言う。


 ――『あれは私の息子だろう? 息子が親の言うことを聞くのは当然だ』


 ああ、確かに。


 そのように俺たちはできている。だから、そう、だから、当然のように俺は『あれ』に要求を伝えるために足を運んだ。


 風のうわさで魔術が使えるようになったとか。ランスリーの秘術でも使ったか、それとも財力と魔道具でごまかしたか。希代の魔術師姉弟だなんてもてはやされようと……所詮は『落ちこぼれ』に過ぎない。世間も軽くだまされたものだ。十年使えなかったものがいまさら使えるはずもない。財力と立場を手に入れて、思い上がったか。それとも仮にも次期当主、魔術が使えぬでは示しもつかないとごまかしの術を覚えたか。『あれ』には似合いの卑怯でみじめな手だ。


 『あれ』はきっと、言う事を聞くだろう。ずっとそうだったのだ。そういうふうになっている。そのはずだ。俺たちは、そういう風にできている。


 話しかけた夕刻の大通り。一人残された『あれ』。大層呆然として、ああ、何も変われるはずもない弱く愚かで矮小な生き物。


 『あれ』が、俺たちに返していい答えは肯定だけだ。


 ――そういう風に、できている。初めから、今までずっと、これからも。逃れられない俺の平凡な人生のように。『あれ』だって逃れられないのだ。たとえ望外の幸運を手に入れようと、その異端がおぞましかろうと、俺たちと『あれ』の血縁は消えない。



 なあ、そうだろう。











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