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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/27 だから嘘では愛せない(エルシオ視点)


「……あら、決めたのね」


 そう言う、彼女の声。


 ――あの後。僕が覚悟を決めたことを見計らったかのようにどこからともなくぼとっと粘土が降ってきた。え? 粘土? 屋敷の中で? と混乱した者はこの場にはいなかった。


「エル坊ちゃま、足止め感謝です」

「さすが坊ちゃまです」


 粘土まみれになってがちがちに固められたエイヴァ君を容赦なくさらに拘束しようと迫り来ながら無表情な憤怒という器用な感情表現で僕に告げたのはエイヴァ君担当な『影』のディーネさんとノーミーさんだった。


「なんということ!? 罠であったか! ふんぬぅ!」


 エイヴァ君は気合一発で強固な粘土の拘束を破壊してパフェの器を放りだし、逃走経路を探る。ディーネさんとノーミーさんは無表情に激しく舌打ちをした。


「パフェ泥棒。滅殺です」

「不法侵入者。万死に値します」


 やっぱり盗んだパフェだったのか。僕はあきれた。彼の何気ない言動に救われたのに彼の何気ない行動が救えなくて全然感動できなかった。そして同時に思い出した。『一週間のおやつ禁止令』――まだそれが彼に言い渡された日から一週間は経っていなかった。無表情な双子VSエイヴァ君の喧騒はあっという間に遠ざかっていったけれど、後でシャロンと相談して禁止令の延長と約束を守れなかったエイヴァ君へのお説教をしなければと思った。


 そしてその足で夕食をとった後にシャロンに時間をもらって……今に至る。エイヴァ君のこともだが。僕にはそれだけでなく話さなければならないことがあるのだから。それを察した、シャロンの第一声が冒頭だ。


 ――やっぱり、彼女は気づいていた。


 いつだって迷いがなくて落ち着いた、義姉。同い年のはずなのに、大人びた人。まあたまに周囲がおろおろして発狂するほど突拍子もないことをやらかす人でもあるんだけど。


 ……僕は迷いがあった。もうずっと、迷っていた。答えは初めから決まっていたのに、それを決断することに躊躇していたんだ。


 それでも。


 ゆっくりと足を踏み入れた執務室。相変わらずデスクに書類を積んで、そのくせ余裕綽々と言った様子で事務処理を行う義姉。シャロンは入室した僕にふと笑う。


「さて、エル? あなたは、どうしたい?」


 単刀直入。いつも通りの声には何の気負いもない。何もかも知っていて、それでも待っていてくれた。それを信頼と呼ぶのか、彼女の理にかなっているようで時に複雑怪奇な教育の一環なのか。僕にはわからない。まあたぶん彼女の底知れない内心なんて、誰にもわからない。エイヴァ君をして『訳が分からない』と言わしめたご令嬢がシャロンなのだ。


 けれど、判らなくてもいいんだ。シャロンは僕の答えを、僕の決断を待っていてくれた。僕が、決めなくてはいけなかったことだけど、きっと僕を誘導することも先に話を進めてしまうことだってシャロンはできた。でもそれを彼女はしなかったのだ。


「僕は、……うん。決めたよ。ちゃんと、向き合える。……任せて、欲しい」


 『彼ら』の幼稚な要求を、ただはねのけるだけではだめなのだ。それでは何も解決しない。そして、すでに『彼ら』はそれだけで許されるところにはとどまっていない。とどまっていてはくれなかった。


 潮時なんだ。


「シャロン。お願い、します」


 僕はシャロンへ、深く頭を垂れ、願う。彼らの処断。それを決め告げる役割。その権利を、どうか与えてほしい。迷ったけれど。時間がかかったけれど。それでも。


 聞こえた彼女の声は何処か、優しかった。


「私は言わなかったかしら」


 紡ぐ、言葉は。


「揺れて良いのよ。弱音を吐いていい。間違えることだってあるでしょう。だから、恐れることなんて何もないわ」


 何処までも澄んでいる、やさしい声。


「私はエルを、信じているわ。――たとえこの先、世界の全てがエルを否定したとしても、ずっとね。だから、思うように、やってみなさい」


 ――ああ、もうシャロンを裏切るなんてできない。


 僕が僕であることを、否定しないでいてくれる人。


 ――『私はね、無駄が嫌いなの』


 そう言いながら、言葉を尽くしてくれる人だから。たくさんたくさん、言葉をくれた。でも、知っている。シャロンは本当に、無駄なことなんかしないって。自分の信じる道を、自分の求めるものを、いつだって真っ直ぐに手を伸ばして手に入れる。


 だから言葉を尽くしてくれるのは、……優しいあなたの、愛なのだろう。


 こんな僕でも、まだあなたは信じてくれると言った。待ってくれたあなたのそれを信頼と呼ぶのか、彼女の理にかなっているようで時に複雑怪奇な教育の一環なのか。僕にはわからない。判らなかった。まあたぶん彼女の底知れない内心なんて、誰にもわからない。でもきっとどっちも彼女の中にはあって、彼女は僕を信じてくれているのだ。


 ねえ、知ってるかな。あなたがいたから、僕は自分で、立とうと思えたんだ。

 かつて、シャロン曰くの『荒療治』の時、シャロンは言った。


 ――『力は最初から、エルの中にあったからね』


 ああ、そうだ。そう言ってくれたんだった。僕は、力を持っていたって。努力は無駄じゃないって。『落ちこぼれ』なんかじゃないって。


 ――『私の真似をしてもエルは私にはなれないよ』


 だって、僕は僕だから。貴方は貴方にしかないものをたくさんたくさん持っている。だから僕は僕にしかないものを育てていくんだ。自分の足で、立ち上がってもがいてそれでも進めとあなたは言った。


 ――『私は、エルの可能性を買っていた』


 そうだ、買ってくれたんだ、初めから。僕を受け入れてくれてたんだ。


 魔術を使えるようになって。家族として接してくれて。喧嘩もして。あきれたり、笑いあったり、泣いたこともあった。領地に放り出されたときは混乱したけれど、領民のみんなと仲良くなれて、お祭りにも参加して。


 自由をくれた。知らなかった新しい世界をくれた。僕に僕を、託してくれた。


 ――息するように嘘を吐く、とてもずるい人だけど、そのすべてを僕は知る事なんてできないけれど。


 いつだったか、シャロンを信じなくていいとシャロンは言っていた。


 無理だ。だってこんなにも、貴方の言葉は僕を照らす。こんなにも、僕は貴方を、信じてる。僕は、弱くて、未熟で。まだまだ、貴方には及ばなくて。

 それでも、それでも。


「行っておいで、『エルシオ・ランスリー』。何があっても、あなたの居場所はここにあるわ」

「……はい、『姉上』」


 笑う。きっと、ちゃんと笑えていた。僕たちは――もちろんそのあと、エイヴァ君の話をするのは、忘れなかった。








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