表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
212/661

5/26 きっと無価値な救いの言葉(エルシオ視点)


「エイヴァが侵入不可能な仕様にしたら、ほかの不届きものの生存確率がゼロを下回るわ。生け捕り不可になると増える手間もあるから、仕方がないわね」


 シャロンがそう言っていたことをしみじみと思い出した。使用人のみんなに『影』のみんな、そしてシャロンの鉄壁防御結界とえげつない迎撃トラップ。たいていの人間には侵入できないし、しようとしたところで失敗に終わる。それがランスリー公爵邸だ。王城よりもその警戒度が厳重なのは、王城警備を凶悪にした本家本元がシャロンだから、というのもあるし、ランスリー家は王城と違って不特定多数が出入りすることはないので厳重にしても問題がないということもある。まあ、春先のエイヴァ君王城侵入&記憶操作事件発覚によってその警備は見直されたんだけど……。


 しかしそれをも上回るのがランスリー公爵邸。なのにこうも簡単に潜り抜けてくるエイヴァ君はやはり『最古の魔』であるのだろう。とても力の無駄遣いのような気もするけど。基本的に害はないからシャロンは『影』のみんなに任せているというか、体のいい訓練相手と思ってる節がある。それでいいのかな? と疑問に思ったこともあるけどエイヴァ君担当とまで自他ともに認めているディーネさんとノーミ―さんが額に青筋を立てた柔和な無表情という器用な表情で「任せてください。必ず捕獲です」「排除です」「「捕獲して排除です」」と気合を入れていたから多分いいんだろう。彼女たちの目は本気だった。おそらく、近い将来、エイヴァ君は制裁を受けると思う。


 そして、人の顔を見て辛気臭いと言い切ったエイヴァ君はいまだパフェをほおばってとても幸せそうにしていた。歩きながら食べるのは行儀が悪い、という僕の言葉を受け入れたのか、床に胡坐をかいて堪能しているのだが……そうじゃない。そうじゃないんだ、エイヴァ君。


「ふむ、うまかったな! 次の新作が楽しみだ! なあエルシオ!」

「え? 僕? そう……だね?」

「なんだ、湿気た顔をしおって。やはりパフェか食べたかったのか? ふむ、あと一口分ほどこそげばあるぞ。食うか?」

「いらないかな」

「遠慮するな」

「遠慮してないよ。そもそもパフェのことで悩んでないよ」

「そうか? では、どうしたのだ。……そもそも、お前、悩んでいたのか?」


 満足そうにおなかをさすりながら、エイヴァ君は言った。何気なく。心底疑問そうに。ごく自然に。

だから僕は虚を突かれて、「え、」と無防備な声を上げた。エイヴァ君は、ただ不思議そうに僕を見返して、何でもないように言うのだ。


「お前、湿気た顔はしているが、悩んでいる顔ではないだろう。決めているくせに、何をうだうだしているのだ? 何だか知らんが、すっきりしてきたらどうだ?」


 はははっと笑ったエイヴァ君は僕の内実には本当に興味がないようで、名残惜しそうにパフェをこそいで口に運んでいた。意地汚いからやめなさいと言いたかったけれど、それを言う余裕は僕にはなかった。


「――簡単に言うね、君は」


 何も知らないのに。なにも、知らないから。知っていたとして、彼には些事なのだろうけれど。


「簡単だろう? お前は決めていることを行うだけだろうに。何が難しい?」

「そうだね。そうかもしれない。それでも、まだ、迷うんだよ、僕は……シャロンにも、きっと、情けないって言われてしまうね」


 首を傾げたエイヴァ君に苦笑する。


「情けない? なぜだ? シャーロットがそう思うだと?」

「……優柔不断だからね、僕は。あの人が待ってくれていることが分かっているのに、答えも決まっているのに、結果を出すことを、迷っている」


 決定的なそれを前に、ためらっている。迷う意味も、たぶんないのに、それでも。自嘲がにじむ。けれど、それを聞いたエイヴァ君はさらに首の角度を深めた。


「ふーむ? まあ、よくはわからんが、別に、情けないと我は思わんぞ。お前、やさしいからな。どうせ、それでうだうだしているのだろう! 全く仕方のないやつだな!」


 毒気のない笑みだった。その笑みで、断言した。彼は、僕を『優しい』と。


「……『優しい』、かな……?」


 迷っている。だって、まだ受け入れられていないから。決めているのに、結果は変わらないことはわかっているのに、恐れている。僕は――


「我にも、お前は優しかっただろう?」


 屈託のない言葉で、エイヴァ君にとっての事実であると彼は言う。そうだろうか。そうであればよかったのだろうか。そうで、あったとして。


「その、『優しさ』は、意味があるもの、だったのかな……」


 独り言に近いつぶやきだった。けれどぶんぶんときれいに空になったパフェの容器を振りながら、エイヴァ君は言う。


「しるか。だが、まあ……お前がいるから、我は今ここにいると思うぞ。お前だけなら、何も学ぶことはなかったと思うが……シャーロットだけなら、怖くて逃げたろう。ジルファイスだけでも我は面倒になってすべてなげうっただろうな。あやつは存外理屈っぽくてかなわん」


 ――だから、シャーロットたちとともにある、お前が優しいやつで我は助かった。


 けらけら、彼は笑う。

 それはつまり、彼にとって僕は無意味ではなくて、一人ではなくて、だから。だから、僕は――








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ