5/21 可能性ならこの手に、(エリザベス視点)
わたくしの印象に最も残っている、『シャーロット・ランスリー公爵令嬢』とは、まさにランスリー直系の血筋を感じさせる魔術戦闘の鬼才として魔術を行使する姿でしたわ。
あれは数か月ほど前。どこかネジが外れていらっしゃるのでしょう、魔術を芸術であると高らかに歌い人間の限界など存在しないと豪語なさる、我がウェルザンティア魔術学院の新任教師・ノーウィム・コラード師。その日はわたくしたちのクラスに彼の出没する日でございました。
コラード師は大変きらきらとしておられて、まるで年齢を感じることもできませんでしたわ。あの方、いったい御幾つなのでしょうか。コラード師は何度も何度も何度も果敢に制止に入った魔術担当教師の必死の攻撃にも関わらず何事もなかったかのような顔をして高笑いをしながらわたくしたちに魔術を披露させ、その上でその上位互換の魔術を顕現させておられました。……確かに、勉強にはなったのでしょう。恍惚とした表情で語られる理論はわかりやすいものでございました。
そんな中で一応授業は進み、模擬戦をすることになったのですが、その辺りからコラード師の様子がさらにおかしくなってまいりましたの。荒い息に染まった頬、興奮に体温が上昇したのか汗をかき、目をぎらぎらとさせて……。何度も見た危険兆候の表れでしたわ。それでなくても危険人物にしか見えませんでしたわ。「これが、変態……!」と深く得心したのは思い出したくもない経験ですわ。
ともかく。もう一人いらっしゃった教師が叫びました。『総員退避!』。わたくしたちに否やはあろうはずもなく、全力でコラード氏から距離を取ろうとしましたわ。しかし、それでは少し遅かったようです。コラード氏は「うひょひょひょよひょおおおおおおおおほほほほほほほほほほふへへへへへへへ」と笑いながら先ほどまで模擬戦をしていた者たちにとびかかろうとしたのです! 変態の暴挙ですわ! 相手は男子生徒でしたが……阿鼻叫喚に陥るところでございました。
しかし! そこに一瞬で割り込んでコラード師を容赦なく蹴り飛ばした生徒がいたのです。シャーロット様でした。彼女は制服の裾をなびかせ、その黒髪を払い、「自重なさいませ」とほほ笑みました。その眼は、ええ、わたくしの主観ではありますが、確実に、『この変態が』と物語っておられましたわ。わたくし共よりも幼い新入生であるというのに、その彼女に心底同意するとともに彼女の登場に心底安心を覚えました。
もう一人の教師を見れば生徒の一人をねぎらっていて……おそらく彼がシャーロット様に助けを求めたのでしょう。かなり正気を疑う光景ですが、今年度に入りましてからすでに見慣れてしまった光景でもありますわね。そして凛々しいお顔でシャーロット様はコラード師に対峙され……極大魔術合戦の始まりです。しかしわたくしたちや校舎に被害が及ばないように防護結界を張ってくださるお気遣い。凛々しさがあふれていらっしゃいました。その結界の中での応酬は目にもとまらぬ速さでございました。
「火よ――」
シャーロット様がつぶやけば天空に炎の巨鳥が三羽顕現し、
「水よ――九連防壁!」
コラード師が叫べば九つの水の盾が彼を守ります。ぶつかり合った魔術は結界の中で膨大な水蒸気を発生させ、一気に白く染まったその結界内での攻防は視認はできませんでしたわ。けれど時折走る雷撃、漂う熱気。激しい戦いであることは察せられましたわ。そして最後には、天高く舞い上がったシャーロット様が唱えます。
「鎮まりなさい変態! 火と雷よ――」
顕現したのは、雷をまとった炎の巨人――そして水蒸気がやや晴れて見えた激しく興奮した様子のコラード師。変態だと思いましたわ。彼は防壁を形成されようとなさっておられたようですが、シャーロット様のほうが早く。激しい雷鳴とともに今度は閃光で、目の前が白に染まりました。
そして後に残ったのはぼろぼろに焦げ付き倒れ伏した、討伐済みのコラード師と、軽やかに降り立ったシャーロット様。歓声が上がりました。教師は遠い目をなさっていたようですが……気のせいでしょう。コラード師も、いつものことながら不可解なほどの生命力で恍惚とした表情でぴくぴくと震えていらっしゃいましたので……そのうち復活いたしますわね。意味が分からない丈夫さでしたわ。
なお、シャーロット様は変態に襲われた生徒たちの手当てをなさっておいででした。
「先輩方に大きな被害がなくて何よりですわ」
神々しいほほえみでしたわ。女生徒は見とれ、男子生徒はほほを染め、教師は遠い目をしておられました。
凛々しく美しく優しく強い、『学院の救世女王』。そう呼ばれるのにも納得のお姿でした。……だからこそ、わたくしのなかでシャーロット様の印象はそのお姿が強く強く根付いていたのですわ。
ですけれど。
したたかに口角をあげて笑うお姿。エルシオ様のお話。提示された今後。裏打ちされる実績。破天荒で、驚嘆ばかりで、困惑も深いですわ。けれど、それでも。
これまでにない、道が見えますわ。前が開けてゆくようです。魔道具を販売までこぎつけることができたならば、その広告や販売ルートにも協力がかなうともおっしゃってくださいました。
『あなたの才能に、投資する』。
わたくしなら、『できる』と、ランスリーの姉弟は確信を持っておられることが、伝わってくるのです。
……借金が消えるわけではございません。借りる先がランスリー公爵家になるだけですわ。それは、とんでもない賭け。これまでさして付き合いもなかった関係性では信頼していいものか、大いに迷いますわ。堅実に、確実に、安全策をとるのなら。ここで断るべきなのでしょう。わたくしは……。