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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/20 少年、少女、力は見えずとも


 部屋には沈黙が満ちていた。


 アリィの手元のシルバーリングには小さくリング部分にひびが入っている。ふむ、やはりそこが課題である。せめて三回は弾いてほしい。充電(充魔力?)の研究との兼ね合いもあるし……あちらも大きな魔道具では成功の兆しがあるが……まあ、こっちも別に失敗ではない。非常に愛らしい間抜けな音をたてたが結界自体は割と高度なのだ。うちの『影』さんたちの攻撃も余裕で防ぐくらいの精度を誇っている。以前通りすがりのマンダを捕まえてて全力で火の魔術攻撃してもらったことがある。ノリノリだった彼女は赤と黒の炎が入り交じった巨大な炎の虎を顕現させ、焔虎は牙をむいて魔道具に襲い掛かったが――攻撃は無効化された。なお、間抜けな音はデフォルトだった。何とも言えない顔をして私を振り向いたマンダが印象的だった。


 ではなくて。


 そのような結界の強度や今後の課題についても伝えておく。誠実さが大切だ。私とも目を見合わせ、エルが改めてエリザベス嬢に切り出す。


「現実的な方針としてですが、アザレア商会とは別に、魔道研究所を立ち上げたいと考えています。現在は商会の研究部門とランスリー家の研究部にて共同開発をしているのですが……本格的な研究開発に当たって独立させる予定なんです。そして、エリザベス様には、その研究所の責任者になっていただきたいのです」


 ピクリ、エリザベス嬢が眉を上げた。


「わたくしが、ですの?」

「はい、エリザベス様に、ぜひ。――と、いうよりも、僕たちとしては、この魔道研究所は『フィマード伯爵家』所有のものとして立ち上げを依頼したいのです」


 魔術ならランスリーだろう――そんな当然の疑問を湛えた声音で聞き返したエリザベス嬢にこれでもかとほほ笑んだエルの言葉は朗らかに部屋の中に響いた。完璧な笑顔だった。それを見た私は頑張れば頑張るほど、どうしてかますます悪人面になっていくチョウとデンとの青空笑顔指導教室をふと思い出した。彼等は結局私直伝『スマイル』は会得出来なかった……。最終的に「ぐへへへ、女と金を差し出せば命は助けてやるぜ」という感じの笑顔は「ぐへへへ、野郎ども、皆殺しにして奪い尽くせ!」という感じの笑顔に進化を遂げた。明らかに悪化したのはどうしてなんだろうか。ちなみにチョウとデンはルフが回収してきたその他の仲間と共に別室で待機中である。


 話がそれた。


 エルの提案にふと、エリザベス嬢は考え込む。瞬きの間、目を伏せた。そして。


「それは……パワーバランス、が理由ですの?」


 確信を込めた応えに、私たちは内心満面の笑みを浮かべた。エリザベス嬢、大正解である。……まあ、エリザベス嬢にとってはわかりやすいものであっただろう。


 現状、『アザレア商会』がランスリー公爵家が所有する商会であるとは公にはされていない。しかし、王族や商会の上層部がそうであるように知っている人は知っているのだ。――『シャルル』及び『エイル・ラング』が私とエルであると知っているのは本当にごくごく一部ではあるが――人の口に戸は立てられない。そのうち我が家との関係性は浸透して行くだろう。というか、エルが成人する頃にははっきりと明示しておくつもりである。そこは当初から予定していたし変えるつもりはない。


 ただしかし、問題点を挙げるとするならばそれはまさにエリザベス嬢が指摘した『パワーバランス』である。


 ――貴族の派閥についてここで少々注釈を入れよう。


 現在貴族の派閥は大きく三つに分かれている。それが好戦派・穏健派・中立派である。現在は平和であるが、十数年前までは戦争に参加していたこの国。それは我が父アドルフ・ランスリーが『紫の瞳の鬼』と呼ばれるような戦果を挙げた戦争でもあるし、父が英雄と称されていたことからも分かるようにメイソード王国は敗戦はせず、比較的優位な立場で和平条約を結んだ。ゆえに戦争を仕掛けることで他国を併呑し国を富ませようという考えの貴族がいまだ存在する。これが好戦派である。しかしやはり戦争、代償も大きかった。ちょうど王位が交代して現在の国王陛下になってから政治による外交・貿易に力を入れ始めたこともあって生まれたのが穏健派。まあ戦力不保持を歌う戦争忌避派といってもいいかもしれない。そして最後が現王室を含む中立派である。戦争を仕掛ける気はないが国防に必要な戦力は保つし、やられたらやり返しますけど、何か? というものだ。まあ魔物被害もあるし南に好戦的な帝国もあるし、でも平和が一番だよねってことで現状好戦派・穏健派の数は少なく中立派が最大勢力として安定を見せてはいるのだが、中立派に新興貴族が多いのに対して好戦派と穏健派には古参の貴族が多いので軽視できるほど発言力が弱いわけでもないのだ。


 さて、そして我がランスリー公爵家とフィマード伯爵家はどうなのかといえば、揃って中立派である。


 しかし、ランスリー公爵家とフィマード伯爵家の何が違うかといえば、その影響力と注目度にある。片や順風満帆『鬼』を輩出した魔術の大家。片や斜陽の中堅貴族……。それでなくともランスリー領は肥沃な土地であり領民は総じて魔術に秀でている傾向がある。そして私とエルは希代の魔術師姉弟として有名だ。


 更にここに『アザレア商会』という大商会を所有、というのが付くわけである。いくらなんでもランスリー公爵家が力を持ちすぎていると見られても仕方がない。それでもまだ『アザレア商会』は『商会』だ。国全体を潤すのにも一役買っている。


 だがしかし。そのランスリー家がさらにさらに『魔道研究所』を立ち上げて未知なる魔道具を開発し始めたと知られればどうなるのかっていえば、好戦派も穏健派も黙ってはいられない。無駄に刺激することになりかねないのだ。だって現状『魔道具』とは『武具』や『防具』が主流なのだから。ランスリー家自体が中立派とはいっても、他国さえ重要視する戦力を持つランスリー家では、『そういう風』に見えてしまう。


 が。翻って『工芸』に秀でる中堅貴族フィマード伯爵家が、『魔道具』の研究を始めた、というのはどうだろうかと考えれば……全くその与える印象が異なるのだ。エリザベス嬢の辣腕は一部の界隈で有名だ。というか、フィマード伯爵家自体が武力よりも政治・経済を重視する家として有名だ。エリザベス嬢がそうであるように、元来はその手の感覚に優れた人間が生まれやすい家系なのだそうだ。ただ別に全員が全員そうではないのでエリザベス嬢の御父君はまあ……うん、そういうことだ。しかしその御父君の人柄もあって、『日用品』としての『魔道具』に利を見出したという推測を浸透させるこ(・・・・・・)とができる(・・・・・)。そう、フィマード伯爵家ならばね。












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