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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/18 少女、少年、理想論はどれか


 ――その借金、我がランスリー家が肩代わりしましょう。


 言った一瞬、息をのむ声が二つ響く。そこにあるのは驚愕と疑惑。ないまぜになったような色がエリザベス嬢とアーノルドさんの瞳に渦巻いた。まあ驚くだろう。だって一億ってそんなワンコイン的にコロンと出てくる金額じゃない。嫌味なの同情なのからかってんの何の罠なの何この子? 的な反応が当然である。はははと悟り切った瞳で紅茶と御茶菓子を楽しんでいるエルが私に慣れ過ぎているのであり、「カッコイイです、お嬢様……!」と口の形でつぶやいたメリィがちょっと私を好きすぎるだけだ。


 まあ、だがしかし普通の御令嬢であれば驚愕して困惑してそこで終了。キャパオーバーにつき家に持ちかえって検討しますとなるか、事態が把握できずに怒り出すか。そのような結果になるのだろうが、いかんせん私の目の前に座っているのは、このような『取引』の場において普通の御令嬢ではない。


 だから、驚きは瞬くほどの間だ。


「……それは現実的なお話でしょうか? 条件を伺いたいですわね」


 ひどく、冷静な声で彼女は問う。それに、私は内心ほくそ笑んだ。その用心深さはやはり見込み通りだ。そして察しもいい。領主代理がランスリー家にいることは承知のはずだが、実権は私ががっつりしっかり握っていることを看破していらっしゃる。だから、『私』に条件を聞いてきた。ただ差し伸べられた手を、簡単には掴まないその慎重さが今まで彼女を助けてきたのだ。


 ――さあ、取引をしよう。


「もちろんただではありません。――エリザベス様? ランスリー家がフィマード家の借金を請け負う……つまり、現在複数で借りていらっしゃる借金の返済先が一括で当家になる、ということです。もちろん返済期限や利子は双方納得いくものとして取り決めましょう。……私たちも、これでも商人です。私たちは、」


 真っ直ぐ、射抜くように、エリザベス嬢だけを見て。


「……私たちはあなたの才能に、投資する」


 確信を込めて、言葉に飾りは要らない。私は無駄が嫌いなのだ。


「わたくしの、才能……?」


 意外なことを言われた、というように刹那に揺らいだ瞳、けれど訝しむようにゆっくりと繰り返すエリザベス嬢。自己を過小評価しているのか、これも慎重さの表れか。でも、私は勝算のない賭けなどしないのだ。懐かしのエルの荒療治の時も、そうだったように。


「ええ。エリザベス様のその経営手腕と交渉術……そしてフィマード伯爵領の特産品……それは私たちの今後に非常に有益だと判断しておりますわ」


 すう、とエリザベス嬢の目が細められた。


「……詳しいお話を伺っても?」


 私は笑みを崩さない。


 ――フィマード伯爵令嬢。ここで偶然邂逅することは想定していなかったが、私が茶会で見かけたことがある、以上にフィマード伯爵家の内情……借金の残額などを把握していたのは、そもそも彼女の手腕に注目していたからだ。この邂逅がなかったとしても、巻き込むつもりだったということだ。ちょっと飛んで火にいる夏の虫状態だっただけだ。つまり、


「――エル?」

「うん、ここからは僕が、説明しますね」


 にっこり笑ったエルも、私の思惑は判っている。というか、エルが中心として企画を進めていたというのが正しいのだから。


「えっ?」

「申し後れました。僕は、アザレア商会ではこのような立場の者です」


 エリザベス嬢が挙げた声に対してエルが取り出した名刺に記されているのは『アザレア商会 取締役専務 エイル・ラング』。『シャルル・ラング』の弟という立ち位置で商会のナンバーツー。まあ実質私とエルの権限はそう変わらないのだが……しかし『シャルル』とは違ってほぼ表舞台に出ることはない、内部の管理・取りまとめ役だ。……まあ私が魔術で彼の姿を変える必要があるので、自家製である私の方がフットワークが軽いのは仕方がないのだ。


 目を白黒させて名刺とエルと見比べるエリザベス嬢。優しく笑ってエルは告げた。


「今回の企画の代表者は僕ですので」


 微笑む美少年にエリザベス嬢とアーノルドさんは「あっ、はい」と頷いた。


「アザレア商会が手掛ける商品は多岐にわたります。食品・生活用品・文具・装飾品・服飾……」


 エルはすらすらと上げていく。そう、我が商会の取り扱う商品は多岐に渡るのだ。いろいろと部門わけはしているが、前世知識をこれでもかと詰め込んで色々開発したし、ジルや王族やエルや我が家の誇る有能なる使用人さんたちの柔軟な発想と横暴な要求とが実現した。まあ私も欲しかったし。人間の煩悩というのは果てなどないのだ。そしてそれこそが人の成長、つまり進化を促すのだ、私は間違ってなどいない。


 まあ利益を出しているのだから何も問題などない。開発研究はとても楽しい。研究室の人間はちょっと混沌に満ちた人間性を垣間見せることもあるが、気にしてはいけないだろう。一芸に秀でる者は往々にして他の部分がちょっと疎かになるものなのだ。変態師匠連ほど突き抜けたものはいない。それで十分安全であろう。


 そうして開発されたものの中で最も売れているのは今のところやはり食品関係だ。現代日本の食への飽くなき追求をそのままつぎ込んで再現しているのだから圧倒的である。私がおいしいものを食べたいという欲望ももちろん多大に影響している。エルをはじめとしたランスリー家の皆の理解が深くて私はうれしい。


 話がそれた。


「このように、様々な部門がありますが、けれど僕たちは、いま新たな部門を立ち上げようと考えています。それが――」


 そう。エリザベス嬢に目をつけていたこと然り、この計画は、結構前から温めていたのだ。最初に思いついたのはあの時だ。某エルの荒療治大作戦における、まさかのガチもんの誘拐事件勃発の時。だって、あの誘拐事件の折には、「それ」が使われていた。


 そうして、それは、


「――魔道具、です」













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