5/17 提示、あるいは
国内・国外を問わずに新商品の発掘に余念がなく、メイソード王国一の商人と言われる男。それがシャルル・ラングである。名前をどうやって決めたかといえば、私とジルとで適当に候補を出してあみだくじで決めた。超娯楽扱いだった。案外まともな名前でびっくりした。だってあみだくじには『デンスケ』とか『ゴンベエ』とか『シュ○ルツェ○ッガー』とか混じってた。一つも当たらなかったこの奇跡。心底残念そうな顔をしていたのがジルで、経緯を聞いた後で死んだ魚の目になっていたのがエルである。純粋さの違いが如実に出ている反応であった。
さて、そして『アザレア商会』。それは、消しゴムから人形から甘味から墓石まで――私の前世知識を最大限活用した商品が目白押しの、最先端を行く大商会である。
「驚かせてしまい申しわけありません。……ですが、『シャルル・ラング』は私のもう一つの姿。――私がアザレア商会の代表取締役を務めていることは、事実ですわ」
「な、ななな、」
「えっとですね、今、シャロンの姿が変わったのは、シャロンの魔術ですよ。その原理とか、深く考えると混乱するので、シャロンだからって思っておけば大丈夫です」
「な、なん、な、」
「そうですね。ランスリー家が持っている商会であると公表しなかったのは、商会を作ったのはもっと私が幼い頃だったから、というのもありますわ。私――『ランスリー家のシャーロット』という存在は良くも悪くも目立ちすぎるには都合が悪かったのですわ。幼女が代表者、というのも信用されませんしね」
「ななな、なん、」
「なんで聞きたいことが分かるのかって……お顔に描いてあります、エリザベス様、アーノルド殿」
「……ぐふう」
潰れたカエルのような声を上げて、エリザベス嬢とアーノルドさんは沈黙した。しかし本日の私にストッパーはいない。メリィは得意げだしエルも苦笑して、「とっても長い今日を穏やかに締めくくろうよ」と私を応援してくれている。とりあえず『シャルル・ラング』で令嬢言葉は違和感しかないので指パッチン一回で姿を『シャーロット・ランスリー』にもどす。
「それで、なぜそのようなことを打ち明けたのか、と申しますと――エリザベス様?」
座りなおして、まっすぐに視線を向ける。するとはっとエリザベス嬢の背筋が伸びる。うん、彼女のそういうところが、とてもいい。だから私は、彼女を信用する。
「――取引、致しましょう?」
優しく優しく。――選択肢を、提示する。
「……取引?」
『取引』という言葉に商売人の顔を一瞬で取り戻して、エリザベス嬢は眉をひそめた。私のペースに巻き込まれながらも毅然とした態度は、さすが現当主伯爵をふんじばってでも家を存続するために奔走する辣腕の貴族。
私は、彼女に切り込んだ。
「ええ。――不躾ながら、フィマード伯爵家が負う借金は、残り一億。そうですね?」
当然のようにエリザベス嬢は目を見開く。なんで知ってるんだよというのがすごく顔に書いてあった。ここまでポーカーフェイスをかなぐり捨てたエリザベス嬢は多分貴重だ。だってルフたちからもらった情報では『鉄壁乙女』って書いてあったもの。鉄壁だもの。乙女ってつければ何でも許されるとか幻想である。
「……なっ」
「なぜ知っているかなんて気にしては負けです。シャロンだから、それが全てです」
間髪入れずにエルが言った。なんという真実。エリザベス嬢の瞳が一割死んだ。気になどしてはいけない。世の中には知らなくていいことなどたくさんあるのだ。
そんな些末なことよりも。
「問題はなぜ私がそのことを知っているかではありません。重要なのは私がこれからする提案。そしてそれに対するエリザベス様のお返事です」
ゆっくり、はっきり。笑顔は崩さない。「いやその情報網に恐怖を覚えます、どうなっているのですか」とアーノルドさんが呆然とつぶやいた気もするが、気のせいだろう。私はただ、提示するだけ。選ぶのは、彼女なのだ。
「……その借金、わがランスリー家が肩代わりしましょう」
さあ、選択肢だ。