5/14 青空の下、さあ笑え
そして話は冒頭に戻る。そのいかつい外見が従者君を勘違いさせ、エリザベス嬢を脅えさせ、あげくがあの追いかけっこと相成ったのであろう、とやんわり解説してみた。
「い、いかつい外見……。でででも、アッシ等は冒険者でやんす! 鍛えないとぽくっといくでやんすぅぅぅぅ!」
「おいらたち、恰好は普通の冒険者っすよ! 何がそんなに怖いっすか!」
チョウとデンのいうことはもっともだ。彼等はいかにも特徴のない冒険者! という出で立ちだ。RPGとかでよく見る奴。だが、そうではない。そうではないのだ。何が怖いのか、単刀直入に私は伝えた。
「『顔』、……かしら」
私は、真剣だった。チョウとデンも、真剣に聞入っていた。結界の中に満ちる沈黙……。
「持って生まれた変えられねえとこに駄目だしされたでやんす!?」
「おいらだっておいらだってモテモテイケメンに産まれたかったっすううう! ねえアニキィ!」
「おうともよ! アッシはエルの兄貴みてえな美少年になりたいでやんす! 愛され美少年でやんす! なあデン!」
「え!? おいらっすか!? おいらはアリィさんみたいなかっけえ男になりたいっす! シュパパパっと鋭く、有能なイケメン! もてもてっす!」
そんな痛々しい願望は聞いていない。
しかしチョウとデンには『理想の自分』に意見の相違があるようで、荒ぶる二人の言い合いはヒートアップしていくばかりである。私はこわもてはこわもてで需要があると思う。とくにチョウとデンは中身がこれなので、ギャップ萌え女子は一定数いるのではないだろうか。それがモテに繋がるかまでは知らないが。
チョウとデンの言い争いは苛烈を極め、少ない語彙力でぎゃんぎゃんと喚いた挙句互いが互いに童貞であると暴露されたところで私が強制終了を告げた。いたいけな乙女の居る前でなんというワードぶっこんでくるんだこのアホ共が。だからモテないんだよ。
ともかく、そこから軌道修正してどうすればお嬢様に怖がられないのか? という議題に移行。そして髪型の変更を絶望の表情で却下されるに至る。
「アッシは『散切り頭』のチョウでやんすよ? この髪型がアッシのトレードマークでやんすよ?」
「おいらは『石頭』っす! この丸刈りがポリチーっす! そう、大体! おいらは髪、無いっす! 丸刈りっすもん!」
「あら? 毛根が死滅しているのでないなら髪を伸ばすなんてすぐよ? やりましょうか?」
「ふおおおおお!? 姐さんが本気っすよ!? おいら、おいら、丸刈りらぶっす! ねえアニキィ!」
「おうともよ! アッシだって散切り頭らぶでやんす! やるならデンを! デンの頭で! 姐さあん!」
「あああああアニキィ!? 売られたっす! 売り払われたっす! あああアニキィの頭の方が髪生やす手間なんかないっすよ! 姐さあああん!」
「手間は、たいして、変わらないわ?」
「「ふおおおおおおお!? ああああ姐さあああああん!?」」
こいつら……リアクション芸人になれるんじゃないか? 面白過ぎる。
「そうねえ。髪型を変えるのが一番簡単で印象を変えられる方法だと思うけれど。それが嫌なら……表情かしら」
「ひょう、じょう……?」
「そうよ。貴方たち、しかめっ面が常でしょう? 笑顔よ、笑顔」
そして私は女神のように微笑んだ。
「おおう、姐さんがキラキラしてるでやんす……。眩しいでやすよ……」
「姐さんが天使に見えるっす……。姐さんは姐さんなのに、天使っす……! これが、笑顔……!」
お前ら何処に感動してるんだよ。私は最初から美少女だろうが。だがしかし、笑顔の与える効果をどういう思考回路かはわからないが理解はしたようなので、とにかく二人にも笑ってもらう。
「……」
「「……」」
にやりだった。チョウとデンの笑顔は、にっこりではなく、にんやり、だった。具体的に言うと悪漢が「ぐへへへ、女と金を差し出せば命は助けてやるぜ」という感じの笑顔だった。これはいけない。
「駄目ね」
「えっ」
「悪漢の笑みだわ」
「ええっ」
「悪意しか感じられないわ」
「えええっ」
「目じりを下げて。もっと口角を柔らかく。……違うわ、それでは悪徳商法の元締めよ。頭をからっぽにして! 母親に微笑むように! 明るく! 目の前にいるのは母、もしくは赤子だと思いなさい! 泣かせたくないでしょう! さあ早く!」
ルフが報告に戻ってくるまで、私の青空笑顔指導教室は延々と続いたのである。