5/13 致命的な勘違いによる不幸な事故
そして聞き出した話を要約するとこうである。
チョウとデンとその仲間たちは無料奉仕が終わった後に冒険者ギルドで依頼を受けた。本日の食い扶持を稼ぐためである。とある商人からの依頼で、内容はエリザベス・フィマード伯爵令嬢を依頼人である商人の家まで案内してくること。
「簡単な仕事だと思ったんでやすよ? その割には結構報酬が良くて」
「なんで冒険者に依頼? とか思ったっす。けど金が欲しかったっす」
あとから事実確認をしたところによると、商人は案の上フィマード伯爵家にこれまで金を貸していた家で、返済をなんだかんだと待っていた家でもあった。ついこの間も猶予をごりっともぎり取られたばかりであった。しかし慈善事業ではないので、やはり返済期限について再度話し合いの場を儲けようとしたが、エリザベス嬢が捕まらない。突撃お宅訪問も、相手が貴族では少々体裁が悪い。
来るか行くか、伺いを立てるもぬるっと逃げる、逃げる、逃げる。そこには屁理屈とところどころにちりばめられた正論が光っており……なまじ頭のいい使用人や家で雇っている護衛ではエリザベス嬢に丸め込まれ、「あれ?」と首を傾げながら帰ってきてしまったという。恐るべし口車。そこで商人は考えた。頭がいいと丸め込まれてしまうなら、馬鹿を派遣すればいいのではないか? そして白羽の矢が立ったのは冒険者ギルドへの依頼だったらしい……。
そこまではいい。いや、色々と大丈夫なんだろうかとは思うところがあるが、まあいい。それよりも。
「で、なんで追いかけっこなのかしら?」
聞いた。しかし答えは。
「逃げられたからでやす」
「逃げられたからっす」
……えっと、
「そう。……話したら、逃げられたの?」
「や……先に従者の男を見つけたんでやすよ。イケメンだったでやす。で、お嬢さまの居場所をイケメンに聞いたんでやす」
「……」
「で、すごく抵抗されたっす。抑え込もうとしたっす。そしたら、逃げられて……道の向こうにいたお嬢様に『逃げろ』ってイケメンが叫んだっす」
「……」
「そして、お嬢様が逃げたんで!」
「おいらたちは追っかけたっす! ねえアニキィ!」
「おうよ! 以上でやんすよ! 姐さん!」
「……そう……」
どうしよう……もしや、これは、致命的な勘違いによる不幸な事故、なのか……? 従者君早計すぎるだろう。いや、心当たりがありすぎて疑心暗鬼だったのか従者君? ……いやいや、待てよ?
「ねえ、あなたたち。従者の方に、どのように声をかけたのかしら?」
「え? アッシが『お嬢様は何処だ?』って言ったでやんすよ! イケメンだったんで、緊張しやしたね!」
「あ、失礼のないよう、皆の顔がイケメンから見えるようにちゃんと整列したっす! 点呼も完璧っす!」
「…………そう……」
えー……うん。チョウとデンは大柄だ。そしてこの元盗賊団、集団行動の属性があってだな、大体全員、または五人ずつくらいで行動してる。仲良しだねって? 彼らはとても仲良しだよ。ちなみに総勢二十人くらいの大所帯だよ。そして全員、ガタイがでかい。筋肉達磨とはいかんが、一番華奢なやつでも私の倍は胴体の太さがあるだろう。筋肉で。
そして街中、お嬢様のお迎えで、今もチョウとデン以外はいないことからも多分五人くらいで動いてたんだろうけど……五人の、こわもて、筋肉の壁に囲まれて、『お嬢様は何処だ?』。……なんという脅迫風味。
「え? あれ? なにか、だめだったでやんすか!?」
「何もかも、駄目だったかもしれないわね……」
「えっ!?」
「ななな、なんでっすか? おいらたち、手なんかだしてないっすよ! ちょっとイケメンともめたっす、けど……ねえアニキィ!」
「お、おうよ! イケメンにはまとわりついただけでやんす! 殴ってないでやんす! お嬢様はすっげえ俊足だったでやんす! 振り切られるかと思ったでやんす!」
おたおた、おろおろ。狭い路地の中、ガタイのいい男二人が真っ青な顔をして正座しながら両手をぶんぶんと振り回しながら必死で言い訳をしている。目は焦りで血走って吊り上がり、頬はひきつり、声は地声でそもそもでかい。
此処は私が張った結界の中。なので道行く人々は私たちのことは見えてもいないし気付いてもいない。しかし見えていれば完全に男二人に脅されている少女の図であろう。
実際、どっちかっていうと脅して……ごほん、優位に立っているのは私である。
外見で誤解される典型的な例だ。いや、普段は冒険者だし、そもそも盗賊団だったし、その容貌は不利に働くばかりではない。例えば人探しのお使いではなく魔物からの護衛などの依頼であればその顔面のいかつさにより戦闘力を期待されて依頼主はいっそ安心感すら覚えるかもしれない。
しかし、彼等の本日の仕事はお嬢様のお迎え。将来的に守銭奴になる可能性があろうと、繊細な貴族の御令嬢の、お迎えなのである。