5/12 縁は異なもの
まあつまり、いっそ気持ちいいくらいに守銭奴な美少女、それが『明日セカ』の『エリザベス嬢』なのである。
……だがさっき見た様子だと小説での描写程エリザベス嬢が荒んでいなかった。時間軸としては主人公ちゃんの降臨までにあと五年ほど時間があるわけだから、その五年の間に彼女の金銭状況に何かしら変化があったのであろう。
なんにせよ。
そんな諸々の事情からして、目の前で固まっているお兄さん二人はその借金関係でエリザベス嬢を追いかけまわすに至ったと考えるのが妥当だろう。そして状況からして私は完全に見た目暴漢なこの二人組をプチっとするのが適当であると判断するのだ、いつもなら。
が、
此処で『このお兄さんたちの顔も知っていた』という事情に話が移る。
なぜ知っているのかといえば、彼等は数年前に我が領に侵入して悪事を働こうとしたところ、絶賛社会勉強中として領内に放りだされていたエルに一網打尽にされた元盗賊団、その頭と参謀。
散切り頭のチョウと石頭のデンなのである!
元盗賊団の彼らはまあ、エルに一網打尽にされ、その後我が『影』の皆さんにメッタメタにされ、私直々に『お勉強』してもらって……今までの罪状やらちょっとしたこちら側の都合などを斟酌した結果、五年間の無料奉仕――ギルドからの採集任務。需要はあるのに供給が足りないので驚くほど重宝されている。「十年でもいいのだよ?」と真顔で言ったギルドマスターの顔を私は忘れない――をするということでケリがついた。その際あったごたごたや此方の事情などは長くなるので割愛しよう。ともかくも、そういうわけで私と彼等は顔見知りだ。
そしてもちろん無料奉仕のみでは生きていけないので、今現在、まさにそのほかに請け負っている依頼の真っ最中、ということなのだろう。多分。
「お嬢ちゃん! アッシ等はさっきのお嬢様に、あの、用事があってだな、」
「そうっす、ちょ、いっちまったっす!」
ようやく硬直から復帰したチョウとデンはおたおた、おろおろと私と道の向こう、そう、既に影も形もなくエルとエリザベス嬢が消えていった方向を見比べながら言い募る。その言い分からすると、やはり『私』=『シャーロット・ランスリー』とは気づいていないようだ。しかし私に向って手を挙げたり暴言を吐こうという様子は見受けられない。
……ふむ。
にっこりと。私は一つうなずくと、笑う。チョウとデンが、後ずさる。何を恐れているのだろうか、只の美少女の微笑みである。まあ、パッチンと。
指を鳴らしたのは彼らが遠ざかり始めたのと同時で、展開されたのは認識阻害遮蔽防音包囲型結界である。その瞬間。
「ぶっへ!?」
「ま、ましゃか!?」
チョウとデンは奇声を上げた。そうだろうそうだろう。見覚えがあるだろう。だって数年前、私とのお勉強会から逃走を図ろうとした脳みその容量の足りない方々にこのように指パッチンで結界からのボコという非常にスムーズな流れでお仕置きが加えられていたのである。
「でででも髪がちがうでやす!」
「めめめめ目も違うっすよアニキィ!?」
彼らは救いを求めていた。しかし私に容赦はなかった。
指パッチン、もう一発。すうっと解ける私自身にかけられた認識阻害、漆黒に変わる髪、アメジストに染まる瞳、笑う私。
「お久しぶりね、チョウにデン?」
がくがく、がくがく。漫画のように膝を震わせ、漫画のようにしろ目をむいて、漫画のように二人は叫んだ。
「「っひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ姐さんんんん!?」」
「ご機嫌いかが?」
「あ、元気でやすよって何でいるんでやすかああああ?」
「あら? いちゃ、いけないの?」
「違うっす! そんなことないっす! ねえアニキィ!?」
「おうともよ! 大歓迎でやすよ姐さん!」
「そう。それはよかったわ。じゃあ、質問にも、答えてくれるかしら?」
「何でも聞いてくださいやし、姐さん!」
「すっぱり答えるっすよ、姐さん!」
「貴方たち、あの御令嬢を、どうして、追っていたの?」
「……」
「……えっと、」
「あら? ……何かやましいことが……?」
「ちちち違いやす! 違うんでやすよ!?」
「お仕事! おいらたちはお仕事なんっすよ! ねえアニキィ!?」
「おうよ! ただちょっと、お嬢様とその護衛が、えっと、なあデン!」
「え? おいらっすか!? えっと、えっと、逃げられたんで、えと……アニキィ!」
「あらあら? どうしたの? 言えないことがあるのかしらぁ?」
このやり取りと壮絶な説明の押し付け合いが三分続いた。三分で終息したのは私が「で?」と真顔になったからである。二人は即座に正座になった。