5/11 エリザベス・フィマード伯爵令嬢
「……」
「……」
「……」
認識阻害遮蔽防音包囲型結界の中。私とその他二人は黙りこくってひざを突き合わせていた。真剣に悩み、顎に手を当て、考える。
「……髪型、変えてみましょうか?」
ごくり、固唾をのみながら、私は提案する。しかし――
「姐さん……そんな!?」
「おいらたちのアイデンティティが!?」
ガタイのいい男二人がそろって絶望の始まりのように喚いたのである。
――さて皆さんこんにちは、シャーロットです。
トラブルを引き連れた可憐なお姉さんとエンカウントして颯爽と抱き留めたのち、エルにお姉さんを預けて現在。私は大変人相もガラも確実に頭も悪いお兄さんたちと対面しています。
その数二人。思ったより少ない。そしてその服装はなかなかどうして、いたって普通の冒険者のいでたちである。冒険者ギルドとかでよく見る軽装だ。しかし残念ながら人相とがらの悪さがその普通さをこれでもかとマイナスに導き、二人しかいないというのに圧迫感を覚える体躯の良さも相まって暴漢にしか見えない。
うむ、わが校のまったく誇らない某筋肉達磨に見せたら嬉々として筋肉を観察しそうである。目に浮かぶようだ。ははは、奴は舌なめずりして興奮し頬を赤らめはいずり寄ってきては己の筋肉を見せつけ滔々と理解不能な言語で理解不能な理想を語ったあげく、物理的に襲い掛かってくるのだろう。
よし、想像の中ですら変態でしかない。忘れよう。
まあ筋肉が何人いようと結果もやることも変わりはしないのだから完全なる余談なのだ。というかこの外見暴漢はなぜ彼女を追いかけていたのか。彼女は貴族だ。エリザベス・フィマード、伯爵家の長女。それを街中、しかも王都で追いまわす冒険者二人組……何があった。通報案件である。ぶっちゃけ、状況だけなら彼女が貴族じゃなかったとしても、通報案件である。彼等はかの独房にて我が信者と化した元ごろつきお兄さんズの仲間入り志願者なのだろうか?
酔狂である。
いや、公平性の観点から言って双方の言い分を聞く余地くらいはある。……理由いかんによってはここでこのお兄さんたちと『お話』するだけじゃ済まないけれど。お姉さんが走ってきた方向から逆算してみて、お姉さんのお友達とかが被害に遭ってないか確認も必要だ。多分いるだろう。うん、まあ、私がそう思ったか思わないかくらいで……指示すらなくとも走っていったルフさんは私の優秀な影さんです。彼等に仲間がいた場合、その切れ味の好い風魔術でずったぼろに卸されるのだろう。華麗なる早業は見事なのである。
まあいい。エリザベス嬢の同行者はそちらに任せよう。今はそれよりも、私の微笑みの前に金縛りにあっている目の前のお兄さんたちとエリザベス嬢との関係性である。
「……」
「「……」」
にっこり笑う私、私を凝視したまま動かないお兄さんたち。いや、じり、じり、と後ずさるお兄さんたち……。
ふむ、この反応からでは彼らが気付いているのかたんに威圧されているのか、微妙なラインである。
さて、ぶっちゃけよう。私はエリザベス嬢の顔を知っていたが、このお兄さんたちの顔も知っていた。そしてエルも知っているだろう。むしろ彼らと初めに出会ったのはエルである。先ほども「こんなところで何をしているんですか」と瞳だけで如実に語っていた。流石我が義弟。雄弁である。
いや、だって。まさかこんなところで、こんな形で再会するとは思いもしなかった。エルだって思わなかっただろう。しかも、だって伯爵令嬢を追いかけるって…………何があった。いや、まあなんとなく、分らんこともないのだけれど。
なぜならば『私がエリザベス嬢を知っている』、ということに話が戻るのだが、是には二重の意味がある。一つは貴族として、いくつかの茶会で顔を見かけたことがある、という意味だ。何の変哲もない。もしかしたら学院でもすれ違ったことくらいあるかもしれない。彼女も我が校の在学生で先輩である。
しかし重要なのはもう一つであって……そう。『エリザベス・フィマード』。彼女は毎度おなじみ、『明日セカ』でばっちり登場していた御令嬢の一人なのだ。……それも結構な濃ゆいキャラで。
まあ『物語』のそれと先ほどかち合ったエリザベス嬢では結構印象違うのだが。なぜか?うん。……うん、アレだ。結論から言うと『明日セカ』のなかでのエリザベス嬢って、金を求めてさまよう貴族に有るまじきドの付く守銭奴キャラだったのだ。
これは……ラブファンタジー小説ではなかったのか……? そう疑問を抱くほどに金にどん欲なお嬢さんだった。まあ空気クラッシャーなギャグ要員寄りではあったんだけど、ふらふらと出てきての主人公ちゃんの前で行き倒れて、心配した主人公ちゃんが介抱しようとするんだけれども瞳孔をかっぴらき、「介抱するなら金もくれ」と真顔で頼み込むのが『明日セカ』でのエリザベス嬢の初登場シーンだったりする。
なんという素敵に欲望に正直な令嬢だろうか。狂気を感じる。
他にも、「金の切れ目が縁の切れ目」「金がないなら近寄るな」「遠慮と建前で日々の飯が食えるのか」と徹底した金銭至上主義だったのが『エリザベス・フィマード伯爵令嬢』というキャラクターであった。
まあ、母君が他界されてて、残念な親父がこさえた借金を弟を叱咤しつつ返済に這いずり回っているアグレッシブお嬢様なのだ。金銭関係の容赦ない割切り方がジル相手にも炸裂していて前世友人と共に『ぶれない』と定評があったことを覚えている。まあ小説では主人公ちゃんに支えられつつ何とか人間関係=金づるではないことを思い出したエリザベス嬢は、商会を起こして才を発揮し借金を返して立ち直るのである。
うん、確かに今現在私が所有している貴族たちの資料でも、フィマード伯爵家はここ数年中々にあっぱらぱーな御父君のせいで財政状況が素晴らしいことになってるという情報があった……。お蔭さまでタロラード王弟公爵の騒動には巻き込まれる余裕もなかったようだったのは不幸中の幸いなのだろうか。