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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/7 追うものと追われるもの(エリザベス視点)


 取り乱しましたわ。


 ともかくも、私、とっくの昔にそのアホ(役立たず)には見切りをつけております。潔く切り落としましてよ。それからのわたくしは、アホから財布を取り上げ帳簿を預かり、わたくし自ら借金返済に奔走して早数年……。


 ふ、長かったですわ。


 父をしばき倒して要らぬ出費を抑え、父をしばき倒して骨董(ガラクタ)を法外スレスレで売っぱら……げほんげほん、お金を工面してまいりました。そうしてようやく、ようやく、何とか残り一億までこぎつけたのです。


 そう、残り、一億。

 ……これでも、こぎつけましたの。これでも、減りましたの。

 これでも!

 わたくしの苦労が分かりまして?


 本当に本当に……長い戦いでしたわ。商人と交渉してお金を巻きあ……ごほごほ、利益を上げ、借金取りをなだめすかして時にはだまくらかして猶予をもぎ取り、アホを繰り返そうともくろむ父をしばいて止め、ガラクタに無駄な執着をする父をしばいて取り上げ、「がんばれさすが私の子」などと戯けたことを抜かす父をしばき倒して……


 ……筋肉が、つきましたわ。


 そのおかげでしょうか、現在予想だにしなかった鬼ごっこにまだ捕まることなく興じていられるのは。いえ、加速の魔術を咄嗟に唱えたおかげもあるのでしょう。わたくしの魔術適性が風でよかったと心から思った瞬間ですわ。


 ……ええ、まだ走っておりますよ。追われておりますよ。そもそもそのお話でしたね。

 けれども、ここまでで想像がつかれるでしょう?


 まあ、それでも説明させていただきますと、あれでございます。

 わたくしは、今日も今日とて朝から要らない家財を能天気な富豪に押し売り……いえ、売買交渉を進めるために出向いておりました。時間はかかりましたけれども大変気の好いお方で、最終的にこちらの言い値で買っていただけましたわ。お暇する時にどうしてかしら、心なしか目が死んでいらしたけれども……きっと気のせいですわね。


 それはともかく。


 そうして交渉を終えた後の事です。わたくし、腐っても落ちぶれても阿漕でも貴族ですので、外出時には従者の一人は連れて馬車で移動いたしますわ。ですので、そのときも、従者が馬車を連れてくるのをわたくしは待っていたのです。


 ……けれども。一向に帰ってこない従者に、さすがにおかしい、と眉をひそめた時でしたわ。

 荒々しく不穏な音が、左手の方から響いてまいりましたの。


 思わず見れば、従者と、どう見ても真っ当には見えない風体の男たちが大騒ぎを繰り広げながら近づいてきているではありませんか。何ということでしょう。思わず声をあげてしまいましたわ。


「アーノルド!?」

「お嬢様っ! お逃げください!」

「な、そんな、」

「こいつらの、狙いはっ、お嬢様です! お早く!」

「でもっ」

「――早くっ!!」

「――――――っ」


 従者の――アーノルドのたたきつけるような声に、わたくしは弾かれたように走り出しました。そうして、今に至るのです。


 走って、走って、走って。逃げて、逃げて、逃げて。

 これほど父をしばきまわしたここ数年に感謝したことはございませんわ。いえ、今、わたくしが追われているのはもしかしなくともあのアホが遠因でしょう。やはり感謝なんていりませんわね。無事に帰りついた暁にはしばき倒しましょう。


 だって十中八九借金関連に違いありませんもの……。それにしても、まだ、猶予はもぎり取った分があるはずですのに、まさかこんな強硬手段に出るなんて。……ちょっと言い逃れをして屁理屈をこねただけではありませんの。ぎりぎり詐欺ではなかったはずですのに……。


 だのにこの野蛮な所業。人の風上にも置けませんわ。アーノルドも……大丈夫でしょうか。


 心配と、恐怖。アホなことでも考えていなければ平静が保てませんわ。……いえ、まあ、でも、もう、どちらにしろ体力が、


 ――所詮は貴族の子女。大の男から早々逃げ切れるはずもないとはわかっておりましたけれど。それでもあきらめたくなくて、路地の角を曲がった、時でした。――一人の少女と、ぶつかったのは。


 前などほとんど見ていなかったに等しい私は、全力でぶつかってしまいました。加速の魔術を使用していたこともあり、弾丸のごとき勢いであったと自負しております。むしろこれまで誰ともぶつからなかったのが奇跡ですわ。しかしその奇跡も品切れだったのでしょう、少女にぶつかったというより体当たりをかましてしまったわたくし。――いけない、と思いましたわ。反射的に目をつぶり悲鳴を上げながら、ぐらりとかしぐわたくしの体……。


 ですけれど。


 何故だか衝撃は襲ってきませんでしたわ。恐る恐る目を開ければ、華奢な手が私を支えていて……


「も、申し訳ありません!」

「いいですよ、大丈夫ですか?」






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