表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
191/661

5/5 本日の終わりは未だ見えず


 そして店員さんの完璧な笑顔にさらされながらもケーキを堪能した私たち。大変おいしゅうございました。店を出れば時刻はすでに夕刻。お忍びとしてはなかなか充実していたというか、色濃すぎる時間であったと思う。


「我、楽しかった! ゴリラは、大事にするぞ!」


 エイヴァはとりあえず上機嫌だった。小さな問題はたくさんあったが、概ね目的は達成し、公共物の破損も対人賠償問題も起こらなかったこの結果を思えば、今回のエイヴァと街に行ってみようイベントは大成功であったと言えるだろう。


「次も、いっぱい、遊ぶぞ!」


 そうキラキラしてエイヴァは去っていった。本日は報告も兼ね、王宮で引き受けてもらうことになっているのである。多分、『次』はしばらく来ないが、そんなことは微塵も感じさせない美しい笑顔のジルと一緒に夕焼けの向こう側に消えていった。きっと本日の王宮では延々と王子二人と国王様が『本日のエイヴァの冒険譚』を語って聞かせられるのだろうが、私とエルには関係のない話である。頑張っていなしきってほしい。応援しよう。応援しかしないけれど。


 さて、そんなこんなで私たちもそろそろ帰る時間である。ディーネたちから話も聞かねばなるまい。捕えたあれらは王宮に引き渡す予定なのだ、時間をかけるわけにはいかない。情報は新鮮さが命、しぼりたてを拝聴せねば。


 エルもエルで、落ち着いて考える時間が必要なようだし。


 そうして私たちは街から足取りも軽く屋敷へと帰り……



 帰れなかった。



 思えば最近の私は変態遭遇率上昇中。いや、まあ根本的に、私は呼ばないトラブルとの邂逅率が非常に高かった。今日久しぶりにあいさつした皆さんも、変態教師の変態に磨きがかかったのも、そもそもエイヴァが私に懐いたのも、エルとの出会いも、ジルとの友好関係を築いたのも、私が『私』としてこの世界で覚醒したことでさえ、私の厄介ごとに愛されるこの気質が多大なる影響を与えていた。


 それが、近日の変態との遭遇により磨きがかかっていたと言えよう。


 自業自得が大半などという難癖は私の耳には聞こえない。聞こえないとも。私はふりかかる火の粉やふりかかりそうな火の粉をできるだけ私が楽しいように払い退けているだけである。


 ともかく。


 そんなトラブル邂逅率高めな私はさあ帰ろうとしたところを狙いすましたように、今回も、トラブルが自分から飛び込んできてそれをがっつりキャッチした。一瞬だけ。ちょっとだけ、見なかったことにしてリリースしようかなとも思った。だって私、忙しいし。


 でもしなかった。なぜならぶつかったトラブルは癒し系美女のお姉さんだったからである。

 私は女性の味方なのだ。


 そして、まあ、この女性は帰宅のため踵を返そうとした私に路地から弾丸の如く飛び出し、物理的にぶつかってきたのでリリースするのは鬼畜行為でしかなかったことも関係していると言えよう。道ばたでぶつかった人間を何も考えずリリースすればどうなるか? 当然転ぶ。場合によっては怪我をするだろう。そんな外道の行いをするほど私の根性は腐っていないのである。


 まあ、ぶつかってきたのが我が校が誇りたくもない変態二人であったのならばリリースどころか踵落としでとどめを刺すが、ぶつかってきたのは変態ではなく女性だった。


 上がった悲鳴、かしぐ体、私の名前を呼んだエル。

 もちろん少女にぶつかられた衝撃など華麗に受け流した私はさっそうと少女を支えて転倒を防いだ。


「も、申し訳ありません!」

「いいえ、大丈夫ですか?」


 慌てたように謝る少女。身なりはそれなりにいい、というか貴族だろう出で立ち。往来を走る貴族令嬢……珍しい。しかも、彼女に私は見覚えがある。確かフィマード伯爵家、名はエリザベス嬢。それなりの家柄の、御令嬢である。何かあるとしか思えなかった。背後で小さなため息が聞こえた。「今日がなかなか終わらない……」密やかなエルの嘆息だった。義弟よ、全く同じことを私も思っていた。でもね、これ、私の所為じゃないのよ。だからそんな突き刺さるような憐み塗れの目をやめてほしいの。傷ついちゃうでしょう。


 私とエルの視線と背中のやり取りは諦観が漂っていた。


 しかしそんな私たち義姉弟を気にする余裕もない彼女はしきりに飛び出てきた路地を気にしている。


「おい、あんなところに!」

「ああ、もう! 待ってっていうのに!」


 野太い男の声だった。そして瞬間震えた少女の身体。


「すみません、わたくし……っ」


 私を見上げた瞳は涙で潤んでいる。

 す、と路地を見れば、迫る人相の悪い男ども、腕の中の震える少女。

 状況は何もわからない。


 しかし私の心は決まった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ