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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/3 決断力と選択肢


 エイヴァが人形を選ぶのに一時間かかった。


 彼は案外こだわりが深かったようだ。結局彼が選んだのはショッキングピンクの子ゴリラ。サイズは手持ち出来る小さめのもの。お値段も御手ごろ。悩むエイヴァをとても微笑ましそうに見ていたレジのお姉さんがゴリラに黄色いリボンをちょうちょ結びにするというサービスをしてくれたので、彼は上機嫌だった。


 エルとジルは浜に打ち上げられた魚のようにぐったりしていたけど。


 どうしてだろうか、よほど体力を削られたようである。なぜか私を死にかけの魚のような目で見つめてくるが……軟弱な男どもだ。ちょっとフィーバーしていろいろと飾ってしまっただけじゃないか、とっても似合っていた。美しい少年には少女ものの髪飾りすら似合う。自らの美貌に胸を張ればいいと思う。


 だがまあ仕方がないので帰る前に少し休憩をいれることにした。だってあまりにもぐったりと顔色が悪かった。ワンピースを着せたのが悪かったのだろうか……? 少女のように似合っていたのに……。もちろんその姿は魔道具で記録した。王妃様へのプレゼントである。全力でジルが首を振っていたような気もするが、気のせいだろう。


 ともかく。


 雑貨屋を出て近くの喫茶に入る。こんなこともあろうかと下調べをしていた私に抜かりはない。ここはコーヒーの美味しい店なのだ。ケーキセットがおすすめである。私のお気に入りはチーズケーキだ。


 しかし誤算があった。


 テラス席に案内されて、メニューを選ぼうとしたまではよかった。店員さんのゼロ円スマイルが麗しかった。だがここで。


「このケーキ! これは何だ? チョコレートか? イチゴか?」

「違うわ、それはベリータルトで……」

「これは何だ? ふろーと? 甘いのか?」

「それはコーヒーの……」

「なあなあ!」


 煩かった。そして紙面をいくら眺めていても疑問がわくばかりで注文が決まらない。早く決めろと店員さんがスマイルで語っている。痛い視線だった。


「分ったわ。こうしましょう。ケーキはショウウィンドウにも並んでいるの。実物を見て、決めましょう」


 いつしかケーキに関する小麦の分量について言及し始めていたエイヴァを私はぶった切って告げた。律儀に受け答えをしていたジルがあからさまにほっとしていた。きっとジルも店員さんの視線が刺さって痛かったのだろう。かわいそうに。


 一方のエイヴァは相変わらずの視線など感じていないとばかりのスルーっぷりを発揮して、目を輝かせて立ち上がった。


「ケーキ! 見る! 選ぶぞ! 行くぞ!」


 そして彼はショウウィンドウの方へ駆け寄っていった……なぜかジルをがっちり引き摺って。質問に対する回答要員のようだ……死んだ目をしている。哀れな犠牲である。私とエルはそのままスルーをしたかった。


 しかしあれはエイヴァとジル。エイヴァとジルである。世間知らずが二人。店内とはいえ、別行動には不安しかない二人組だった。


「……」

「……」


 私とエルは目線で語り合い、私はゆっくり腰を上げた。


「アホは早急に回収してくるわね」

「ケーキは決めてあげてね。いってらっしゃい」


 エルは悟りを開いた眼でエールをくれた。大丈夫、ケーキくらいは選ばせてあげるつもりだ。ただし十分で決まらなければ問答無用でチーズケーキである。私のおすすめだ。いまもケーキを見ながら材料だの原産地だのを話し合っていて店員さんのスマイルにひびが入りそうだ。どうして無駄に専門的なのだろう。そしてつれていかれたジルは早く選べと言いながらも律儀に質問に答えている。


「エイヴァ、いい加減早く選びなさい。どれもおいしそうなのは判りました。……ええ、このイチゴはサイズ感・光沢、そして時期から鑑みておそらくレニ地方で取れた物でしょう。少々小ぶりですが甘みが強いのが特徴でその肥料には地方特有のものを使用しており抜ける香りが――――」


 とても詳細な説明だった。


 多分、ジルは、疲れを引き摺っている。あれか、雑貨屋でワンピースを着せたときに魔術で髪を長くして建て巻きロールにしてみたのが悪かったのだろうか。疲労感が棒読みの説明に滲んでいる。店員さんがスマイルを浮かべながら一歩下がった。ジルの説明は詳細かつ的確だったようだ。食べてもいないのに原材料から原産地まで看破する少年。ジルは不気味がられている。


 私たちはこの店に休憩に来たのであって、ケーキについて学習に来たわけではない。断じて。エイヴァは興味津々で聞いている。前から思っていたが、この『魔』は甘味に対する愛がなかなかどうして深いものがある。いや、人形選び然り、こだわりが深いのか?


 しかしそれは、今、発揮しなくていい。


 そっと。

 私は二人の背後に忍びより、優しく、優しく。肩を叩いた。


 二人は激しく肩を揺らして振り返った。真昼に幽霊を見たような顔いろの悪さだった。私は笑った。



「貴方たち。――早く、選びましょう?」





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