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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第五章 大人の天秤
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5/2 少女気分で遊びましょう

 雑貨屋店内。エイヴァが悩んでいた。


 あれから、約一時間強かかって公園のベンチから移動した私たち。うちの商会系列の雑貨屋に顔を出す。認識阻害のおかげで私たちとは店員には気づかれていない。突然自分たちの上司が来店したらびっくりさせてしまうだろうから、その意味でも認識阻害をかけておいてよかった。抜き打ち視察にもなるし。店内は清潔、店員の挨拶も元気で笑顔が眩しい。繁盛しているようで何よりである。


 この店ではノートやペンをはじめ、リボンやちょっとした小物入れも売っており、もちろん件の人形シリーズも取り扱っている。犬に猫に鼠にひよこ、熊にコアラにフクロウ、ウサギにライオン、羊に馬、猿……もちろんゴリラ。その形だったり色だったりはこの世界仕様になっている。デフォルメされた愛らしさあふれる人形である。触り心地に拘って生地はサラサラで毛並みはふわふわ、そしてぎゅっとするとモフっとできるふっくら加減。これである。お子様と女子に大人気だ。うちの使用人も若いメイドさんたちがコレクションしていた。


 そしてそんな人形を前に、ゴリラを購入すると決めておいてなお、何をエイヴァが悩んでいるのかといえば。


 サイズと色だ。ショッキングピンクかスカイブルーか。お手頃手持ちサイズか幼児等身大サイズか。手に取り、見比べ、吟味しているのである。


「ふ、む。この桃色も愛らしいが、空色も捨てがたいな! もふっと……もふっとしたい……しかし自慢に持ち歩くにはサイズ感が……」


 真剣である。


 お前、このファンシードールゴリラを自慢のために持ち歩くつもりなのか……? そんな目でエルとジルがエイヴァを遠巻きにしているが、そんなことは気づいてもいなさそうである。


「そうね。なら間を取って、このほのぼの親子セットはどうかしら。子ゴリラを親ゴリラが背負っているの。子ゴリラはバナナも持っているわ。サイズも……持ち歩くならちょうどいいのではなくて?」


 そっと助言してみた。


「ぬう!? こ、これは! むむ、しかし、この巨大サイズのモフモフ感が捨てがたく……! くう!」


 選択肢の増加に混乱をきたし始めたようだ。もふっと感が肝要であるらしい。案外癒しを求めているのか……。まあ悩んで決めればいいと思う。買い物の醍醐味である。


 エルとジルは遠巻きだけど。まあ彼らの気まずさも分かる。だって、この雑貨屋はどちらかというと可愛い系を取り扱う店なのだ。女・子供向けともいう。


 つまり、店内にいるのは圧倒的女性多数なのである。人形コーナーで悩んでいるのも……キャッキャと可愛らしい声を上げる少女、少女、少女……たまに、お子さんへのプレゼントなのだろうか、大人の姿も見られるがそれも母親である。そこに違和感なく溶け込んで真剣に悩む最古の『魔』(エイヴァ)……。どちらかといえば中性的な美少年なのが幸いして絵的にも全く違和感がない。その存在が何なのかに言及すると、違和感の塊でしかないが、美しければ大体許されるのである。この世の中は美形にやさしくできているのである。


 ともかく。


 エイヴァは真剣に人形を見比べて悩んでおり、まだまだ時間がかかりそうだったので、私は一旦所在なさげにそわそわとしているエルとジルのところへ戻った。認識阻害をかけていてよかったと改めて思う。そうでなければ、彼等は美少年の定めとして餓えたハイエナのように強かな女性の獲物として目をつけられていただろう。居場所を失くしそわついている様子が初々しくて彼女たちの心を的確につかむはずである。


 しかし今は認識阻害で彼らは空気である。少女たちの目は可愛い雑貨にくぎ付けだ。騒ぎが起こらなくて安心である。女の子は強かなくらいが愛らしいが、連れが美少年の場合はその強さが私たちから移動の自由を奪ってしまうのである。私に害がないのなら狡猾に美形を捕食しに行く肉食系女子もとっても応援する。押して駄目なら押し倒す彼女たちの気概と折れない心は尊敬に値すると思う。


 だがしかし、今日はお忍びなのである。行動は、お静かに。


 まあ、だからといってこのままぼうっとしているのもつまらないので。


「あら、これ。エルに似合うわね」


 そっと歩み寄ってひょいと青地に白いラインが入ったピンをエルの髪にさしてみた。可愛い。


「えっ」

「こっちのリボンはジルに似合うのではなくて? 最近、髪を伸ばしていらっしゃるでしょう?」


 ワイン色のリボンをジルの髪に翳してみた。ふむ。似合う。


「いえ、シャロ、私は、」


 二人は困ったように身を引こうとした。しかし私は笑う。


「せっかく店に来たのよ、楽しまなくては。うちの商会の品ですもの、質は保証するわ。こうしてお忍びに赴くときに使う装飾品として、いかが?」


 正直、うちの品を私たちが買うというのは矛盾に満ちている。だがしかし本日は買い物をしてみるということが課題なのだからいいのだ。普段は商人が屋敷に来るから、こうしてみんなで歩きながら見て選ぶ、なんていうのも久し振りだし。……うん、放浪する時は独りだしね。基本、欲しいものは気が付いたら出現しているから自分で購入する機会は少ないのだ。うちの使用人さんたちの察知能力が高くて怖い。


 まあそれは建前だけど。


 美少年を、飾りたい。偽らざる本音はこれだ。笑顔に滲んでいたのか、二人はさらに身を引いたが、私が逃がすわけもなく。女子の中で身の置き場を失くす二人を、女子の中心に引っ張り込んで、エイヴァが買い物を終えるまで着飾って遊んだのである。






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