5/1 彼は純粋
さて。戻ってきました王都中心街。
いや、まあ。孤児院を出る時にはひと悶着あった。おもにエイヴァ。
「エイヴァちゃん行っちゃうの……」
「エイヴァちゃん、もっとあそぼ! ぶったおすの!」
「エイヴァちゃん、また来る……?」
と、盛大に別れを惜しまれていた。エイヴァは嬉しそうにまた来ることを約束していた。さっきまでは『お兄ちゃん』であったはずなのに、どういうわけか『エイヴァちゃん』と呼ばれることになっていて最古の『魔』の威厳など行方不明に等しいが、本人が楽しそうだからいいのだろう。この短時間に子供たちに同格とみなされるとはなかなか精神年齢の成熟が見られない『魔』である。……うん、子供たちと一緒に成長するがいいよ。
まあなんだかんだと子供たちとエイヴァとの交流がうまくいったというころではあるので、本日の予定消化は順調である。そしてうんうんと満足げな私は今現在公園で休憩中。休憩中っていうか、相談中。
「さて、街に戻ってきたところでお買い物なのだけれど」
噴水近くのベンチに腰掛け、私は口火を切る。またしてもはしゃいだエイヴァがやっぱり噴水を凍らせてゴリラを作ろうと言い出して、全力で止めるという一幕を終えた後である。エメの影響が色濃いのは彼女が一等エイヴァになついていたからだろうか。なんであれ公園の噴水は公共物なので許可は出来ない。孤児院で戯れてほしい。
ともかく。
「買い物! 買い物! 何を買う? 買い占めるか?」
「買い占めないわ。落ち着きなさい。今から何を買いたいか、というのを相談するところなのよ。初めての買い物、自分で選びたいでしょう? でも、そうね。今日は一個よ。たくさんは駄目」
「な、なんと……ひ、ひとつ、だと……?」
「この世の終わりのような顔をしたね、エイヴァ君」
「とっても楽しみだったのは判りましたね。でも買い占めは出来ませんし、散財もいけませんよ、エイヴァ」
「な、なんでだ! お小遣い! もらったの、使うのだぞ! 我、今日、イイ子だったぞ!」
「そうね。今日ずっと貴方がいい子だったのかは残念ながら疑問が残るけれど。でも選んで買う、というのが大切よ。全部買うよりも大事にできるでしょう? 金銭管理の勉強でもあるわ。というか、散財はともかく買い占めは駄目よ。他にそれを買いたい人がいたら迷惑でしょう」
「し、知らぬ! いっぱい買うのだ! 我、全部大事にする!」
「知っておきなさいね。貴方に必要な感情、それは自重と思いやりよ」
「今日はまだお試しだからねえ……。慣れたら、自分で好きに買い物ってこともできるよ? 今日はお勉強。だから、ちゃんと選んで、お気に入りを買おう? エイヴァ君」
「ふううううう……むうううううううう」
「エイヴァ。何もこれが最後の買い物というわけではありません。今日一つなら、次は何を買おう、と楽しみが増えるではないですか。また一緒に買い物、行くでしょう?」
「………ふうううううううううううううう。いっしょ、行く……。我……我……きょう……がまんする……」
「えらいわね、エイヴァ。飛び切りのお気に入り、探しましょうね」
「イイ子ですね、エイヴァ。我慢ができる、大人になりましたね」
「かっこいいよ、エイヴァ君。ほら、涙を拭いて? 笑顔でお買い物しよう? 何が買いたい? お菓子かな? お人形さんかな? 本屋さんもあるよ!」
この後、エイヴァを泣き止ませるのに四十分かかった。
お小遣いを握りしめて涙目の美少年。大きな透色の瞳を潤ませ、髪と同じ真っ白な長い睫毛をはためかせるたびにキラキラと涙が舞う。頬は色づき口唇は噛みしめられ……えぐい攻撃力だった。しかし私たちは勝利し、エイヴァをなだめることに成功したのである。激しい戦いだった。
これは……幼児返りではないか……? そんな疑問が私たちの胸中を掠めたが、我慢するという偉大なる一歩を踏み出したエイヴァを前に気づかなかったことにした。
そしてえぐえぐと嗚咽を引き摺るエイヴァから何とか要望を聞き出すことさらに三十分。ゴリラの人形を買うことになった。エメの影響力の色濃さを知った。
「そう、ゴリラ。……気に入ったのかしら?」
「かっこいいだろう? 優しい心と強い拳を持つ屈強な野生の戦士なのだ!」
エメはアツくゴリラの魅力をエイヴァに語っていたようだ。恐るべき語彙力の六歳児である。
ちなみに、ゴリラがこの国にいるのかといわれればいない。ゴリラの生息地はもっと南である。しかし以前の世界に生息していた動物は、少々形が異なっても大体この世界にも生息している。よく見ると犬の尾が二股だったり猫に角が生えていたりすることがあるだけだ。なお、ゴリラは、形はそのままだが体毛がスカイブルーという目に清々しい色彩をしている。子供の頃はショッキングピンクで、成長とともにスカイブルーになるらしい。生命の神秘である。
そして最大の疑問として、ゴリラが生息しているとして、その人形が販売されているのであろうかという話であるが……愚問だ。なぜなら私たちは『ランスリー家』であり、あらゆる動物の人形もうちの商会で取り扱っている地味に人気商品の一つだからである。ゴリラもある。ショッキングピンクとスカイブルーの親子セットが売れ筋である。エメに、というか孤児院にも動物人形をシリーズで一組寄付した。そしてエメはわき目もふらずにゴリラの魅力に目覚めた。……動物を愛する系幼女。うん。カワイイネ!