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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第四章 子供の領分
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4/51 それがどうしたと叫び、(ルフ視点)


 背後。視界の外。静かに、一瞬。頸動脈を狙いすました一投。

 殺気がなかった。音も微か。気配もなかった。風の揺れ、ほんの少しの違和感。言ってしまえば第六感。


 それが全てを分けた。


 捻った上体を逸らして、首筋を掻っ捌くはずの鈍色のナイフはワタクシの顔の表面を斜めに掠めて赤を散らした。

 息をつく間も考える暇もないただの反射でそれが飛んできた方向に投擲するのは無数のクナイ。手ごたえはない。――敵は相当な、格上だ。身を翻して木の上に身をひそめるも皮一枚引き裂かれた顔面からの出血が聊か多い。


 赤く染まる視界で、息を殺す。


 護衛がまだ残っていた? 新手に嗅ぎつけられた? しかしあの小男を回収した魔道具を持つのはノーミーだ。あちらにも手練れが向けられた? いや、あちらは王都の邸までは行動を共にするはず。だが手を分けたのは愚策だったか……。


 思考が散らかる。呼吸を深く落とした。気配は未だに感じられない。……が、


(舐めるな)


 感覚を研ぎ澄ます。極限まで。ワタクシの全てで。


 敵は格上だ。赤く染まる視界が揺れるのは、あのナイフに毒が塗ってあったからだろう。流れ出る血をそのままにしているのは少しでも体内に回る毒を減らすためだ。実力差に毒。趣味が悪い。そしてあちらはたった一人のワタクシの位置を把握しやすいがワタクシからは敵の姿も数も分からない。圧倒的に、ワタクシが、不利。


 それでも、ワタクシは『影』。シャロンお嬢様の、『影』。無様だろうが負けようが、ワタクシは死なない。帰る。帰るのだ。お嬢様のところへ。


 だがこの毒と隠形と投擲術。しとめるまではその姿を現さないスタイルなのか。


(ふざけるな。殺してやる)


 殺意がワタクシの身を焦がすように燃え上がる。


 ――瞬時。身を捻る。五本のうち一本、肩を掠めたナイフ。毒付。芸がないが、有効だ。利き腕でなかったことだけが幸い。


「……っ」


 木から木へ。移動する。止まらない。血は流したまま。毒を少しでも薄める。まだ敵の正体は読めない。毒に精度が下がった今はこちらからの無策な攻撃は只体力と武器を消費するだけ。

 奔る。奔る。飛ぶ。狙いすまして意識の外から、飛んでくるナイフの雨を、避けて、避けて、避けて。無数のかすり傷と毒がワタクシをむしばむ。……甚振るのが、お好きなことで。


 だが。それでも。


 ぐらつく思考を叱咤する。この毒、只のしびれ薬じゃない。だが致死性の毒でもない。……その意味は敵の嗜虐性にあるのか、それとも生かして捕えることが目的か。……おそらくは、後者。……なるほど、あちらもあちらで己を嗅ぎまわる存在にきちんと感づいていたというわけだ。罠にはまる愚直さの割には多少は頭の回る参謀もいたらしい。それでも我らがボスには気づけていないのだろう。当り前だ、お嬢様の情報管理は徹底的だ。『狂気を感じる』と国王陛下に言わしめた程だ。素晴らしい。


(―――あぁくそ、)


 光が異常に目を刺激する。……なるほど、この毒しびれるだけではなく瞳孔に作用しているのか。

 ならば。


 ワタクシは目を閉じた。足をも止める。ぐらつく、地面。いや、ぐらついているのはワタクシ。木々のはずれが不気味なほど大きく聞こえる。殺気がない。痛い。いや、痛いのもそろそろ分からない。


 ゆっくりと、呼吸をする。

 意識を、研ぎ澄ます。静かに。静かに。静かに………。

 深く。


 気配は、無い。音も、無い。

 ――――――――――――――――――――――――――ないのに、


 背後。百を超えるナイフが、降る。早い。重い。鈍ったからだが、俊敏な回避も思考も邪魔をする。


 赤が、散る。



 ……お嬢様。シャロンお嬢様。エルお坊ちゃま。ワタクシは、ルフは……、

 生きて帰ります。

 必ず。



 ワタクシは、笑った。







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