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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第四章 子供の領分
181/661

4/50 優しい愚か者(ルフ視点)


「ワタクシはこれからお嬢様に報告を。マンダ、お前は筆頭へ。ディーネにノーミー、『これ』を部屋へ。吐かせておけ」


 ワタクシは簡潔に指示を出す。この上なく効率的であると思う。小男の入った魔道具もノーミーに投げ渡した。ディーネはうっかり殺さないとも限らない。しかし、パシリと無造作に魔道具を受け取ったノーミー含め、同僚三名は納得がいかない様子である。


「はあ? オレが? 筆頭で? あんたが? お嬢様? ざっけんなよ、オレがお嬢様に褒めてもらうんだよ!」

「褒めてもらうのではなく報告ですよ、馬鹿なマンダ。でもその意見には同意します。なぜルフ、貴方がお嬢に報告するのです。ウチが行きます」

「ディーネ。ディーネは拷問担当でしょう。だから『お部屋』に行ってください。うちはディーネのストッパーだけどそれはルフにもできること。うちがお嬢とお話します」

「オ・レ・だ・よ!」

「ウチです」

「うちです」


 ……ああ、姦しい。何を言っているのやら。


「マンダ、お前は今あの場に向かない。今お嬢様は『あの方』と行動を共にしておられる。あのお方は認めたくはないが能力が高い。万が一にでもお前の下品な言葉遣いが聞かれてお嬢様の品位が下がったらどうしてくれる」

「ぐっ」

「ディーネ、お前はノーミーが言ったとおりだ。一刻も早くそれから情報を聞き出すのがお嬢様の命。それができるのはお前だろう」

「む」

「ノーミー、お前はワタクシにもディーネが止められるというが、ワタクシにはディーネの行動は読めん。後手に回ってあれが死ねばお嬢様が困るのだ。だからお前はディーネにつけ」

「むむ」


 ワタクシの言に、三人は揃って眉を寄せるが、有効な反論が浮かばないようである。当然だ、それが事実だ。まあ……


「だからワタクシがお嬢様の元へ行く! もう耐えられない、お嬢様に会いたい! はははは、お嬢様、貴方のしもべが今行きます!」

「「「本音はそれかよ糞ルフが!」」」


 本音が漏れて殴られた。暴力的な同僚である。ワタクシはお嬢様に踏んでほしいのだ、赤や黄色のカラフル過ぎる同僚からの鉄拳など前菜にもならない。そしてワタクシの本音がどうであれこの役割分担が最も効率がいいという事実は覆らない! ざまあみろ! ワタクシが! ワタクシの女神の下へ! 今! 馳せ参ずるのだ!


 その後。


 ぎゃんぎゃんと抗議の声はうるさく、ひと悶着はあったが覆せない適材適所という事実の前に同僚たちは折れた。言い争いをしている時間が無駄でしかなく、シャロンお嬢様は無駄を厭われるお方であるという一言がとんでもなく効いた。覿面だった。揃って縊られる寸前のガチョウのような声で唸っていたのが印象的である。仲の良いことだ。


 ワタクシは見事お嬢様に報告できるという、栄誉を勝ち取り、足取りも軽く同僚共と別れ、一人孤児院へとひき返し始めたのである。


 ざわざわと、風が木々を揺らす森を駆ける。足取りは軽快。けれど油断をしたつもりはない。ワタクシたちに鍛え上げてくださったシャロンお嬢様は常に言っていた。


『ひと仕事終わった瞬間が一番危険よ。一つではなくすべてが終わるまでは油断せずに臨みなさい。それがあなたたちの命を守るのだから。そして有事があっても、負けようが無様だろうが―――何があっても、私のところへ、帰ってきなさい』


 ワタクシの頬に手を添え微笑むシャロンお嬢様は天使のようだった。


 ワタクシに限らず、『影』――否、ランスリー公爵家に仕えるものすべてにとって、シャロンお嬢様のその言葉は至上なのだ。


 なお、なぜディガ・マイヤー殿やノーウィム・コラード殿がワタクシたち『影』の指導に当たらなかったのかといえば、


『あれは常軌を逸していてまったく隠密に向いていないの。あれはね、専門馬鹿なのよ。だから技術だけ見て覚えなさい。実践や知識はあれから学んでは駄目。生中な神経の持ち主は、変態に発狂させられるわ』

『……シャロンお嬢様や、エルお坊ちゃまは、よろしいのですか?』

『私、普通じゃないもの。エルの時は私が見ていられるでしょう? 変態の度が過ぎれば殴り倒せますわ。でも、さすがに四六時中変態の見張りは出来ないもの……』


 とても納得した。確かにシャロンお嬢様はたいへん個性と我が確立しておられて今更他者に影響を受けないどころか他者に影響をお与えになる方である。そしてエル坊ちゃまの訓練時には華麗に空を舞うディガ殿・ノーウィム殿を見るまでがワンセットであった。


 初めはそれに慌てたり恐怖したりしていらっしゃったエルお坊ちゃまが次第に冷めきった目でディガ殿たちを見るようになる過程を覚えている。最終的にシャロンお嬢様がされる前に自分で始末をお付けになるようになっていた。成長ね、とシャロンお嬢様は喜んでおられたが、エルお坊ちゃまは非常に複雑そうなお顔をしておられたのが印象的だった。なおディガ殿たちはたいへん恍惚としていたので更に場が混沌としていたのは否めないだろう。


 ともかく。


 だから、ワタクシは決して油断をしていたわけではない。ワタクシは、無事に、シャロンお嬢様の下へとはせ参じなければならないのだ。……冷徹で狡猾で、強引で横暴な面が目立ってはいるが、懐に入れた人間には、愚かなほどに優しい、我らがボスが、それを願うのだから。



 だから、『これ』は油断ではない。実力だ。



 ワタクシが、弱かった。それが事実だ。


 それでも。それでも、――――――帰る。











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