4/49 その魂を買ったのは誰か(ルフ視点)
ひっ捕らえた男の名をワタクシたちは知らない。けれどシャロンお嬢様は全てを御承知で、ワタクシたちを動かした。
今回の事件。孤児院への襲撃者たち。――理性を失った狂気の表情、高い魔力、そして死を恐れぬふるまい。殺意。
『悪魔というのはね、人間が作り出すものなのよ』
幼さの残る美貌をたたえたその顔は、年齢不相応な複雑さで歪んでいた。
『イーゼア』。
……そう呼ばれる違法薬物の存在を、いくらか前からシャロンお嬢様はご存じだった。
この国に知らぬ間に運び込まれた新種の薬物。それを知る者は未だほんの一部。出回っている量も少なく、しかし効果は高い。その依存性もドーピング効果も、感覚を麻痺させ全ての刺激を快楽に変え、知能を低下させる薬効も。……他人を使い捨ての駒とする人間には、ああ、どうしようもなく魅力的だろう。シャロンお嬢様をしていまだ現物が手に入らず解毒薬の研究が進んでいないそれ。
今回の襲撃者たちはそれを投与されているとみて間違いがない。それをお嬢様は予測していた。同時にその予測が誤りであればいいと望んでおられた。だって、あれらが孤児院に飛び込んできたその瞬間、ほんのわずか、ほんの一瞬。悼むように、目を伏せた、優しい我らがお嬢様。地獄の苦しみを経ても、元の健常者には戻ることの出来ない悍ましさを、それまでの『犠牲者』で、お嬢様はご存じだ。
いつだってワタクシたち部下の心身の健康に気を配り、強引で人使いは荒くも適性を的確に見抜いて適材適所に人材をあてがい、決してワタクシたちの意思を無視しないワタクシたちのボスとは対極にある代物。
『ふふふふ、他人を上手に使えない輩に人の上に立つ資格なんてありませんわ。無理やり従わせるなんて、失敗を許せる度量も責任を負う覚悟もない愚者のやることですわね』
『シャロンは鬼ですが、他人の資質を見抜く力は素晴らしいですからね』
『嫌ですわ、ジル。部下を顎で使いながら笑顔一つで魅了なさるあなた様は人の能力を引き出すことに長けていらっしゃるでしょう』
『はは、おほめにあずかり光栄だ』
うすら寒い笑顔でジルファイス第二王子殿下と談笑していらしたのは学院に入学されるよりも前であった。
現在判明している事実は大きく二つ。一つはこの違法薬物・イーゼアが国外で生産され、どこからか密輸入されているということ。……つまり、それらを取り扱う『何者か』がいる、ということ。そして、もう一つは、
――その『何者か』が、メイソード王国の『王族』の命を狙っているということだ。
「それ、吐くか? 一応、結構地位あるんだろ?」
小男を閉じ込めた魔道具をコツコツと叩いたマンダが言う。ワタクシたちはようやくそこらに散らばっていた、この小男の護衛であった男どもの『処理』を終わらせたところだ。
「吐かせる。そうだろう、ディーネ」
「ウチがやるから、心配はいりません。……楽しみです」
「……殺すなよ」
「うちが見張るから、死なせません。半殺しです」
双子の答えにワタクシとマンダは頷きを返した。なかなか尻尾を見せなかった薬物売買の大本。それに繋がる手がかりをあぶりだすために仕掛けた罠が、今回の『王太子殿下の孤児院訪問』だ。そこにシャロンお嬢様たちの『お忍び』をかぶせたことも。日程と立地条件、その場にいあわせる人間の顔ぶれ、そして逃走経路の特定。エイヴァ殿のことも含め、『様々な条件』を鑑みた結果決行されたのである。エイヴァ殿の条件を組み込むことが最も難しい、と嘆いておられたのは記憶に新しい。
……シャロンお嬢様方の予測にたがわず、差し向けられた襲撃者たち。仮説が実態を帯びた瞬間。襲撃者を差し向けた、否、事件の裏で糸を引く何者かがいるということ。そして、
王宮にその『内通者』がいる、ということ。
シャロンお嬢様は看破していた。しかしこれまでは確証がなかった。
今、魔道具の中縛り上げられている小男はアタマではない。黒幕たり得るほどのものではない。しかし、あれは、幹部だ。
『仮にも王太子殿下を狙うのよ。普段は厳重に守られた王宮の中、もしくは隔離された学院の中、狙うことの難しい、狙ったとして成功率の低すぎる襲撃……。そして、『彼等』は、『焦れている』』
確実性と重要性から鑑みて、半端なものは寄越さないわ。
それらの推測を立てたシャロンお嬢様の口元に浮かぶ笑みは酷薄で……嗚呼、ぞくぞくいたしますっ!
ではなくて。
何故『焦れている』と断言できたのか。その推論の根拠は何なのか。見えない相手との腹の探り合い。そこに居られたジルファイス殿下もラルファイス殿下も引き攣り切った顔をなさっていたが、ワタクシたち『影』には大好評だった。女神の降臨だと騒ぎ立てたものである。心の中で。
敵には容赦のないお嬢様。ワタクシたち『影』はあのお方の手足であり耳目。かのお方の裡に渦巻く計画の全貌をワタクシたちごときが知り得ることはない。知らされないということは知る必要がないということなのだ。
ただ、あのお方はワタクシたちを信じている。
だから、信じるだけだ。