4/47 黒(ルフ視点)
ワタクシの名はルフ。ボス――――シャロンお嬢様の『影』なるものに名を連ねる中の一人である。今日も今日とてお嬢様とお坊ちゃまを蔭ながらお守りしている。お嬢様もお坊ちゃまも御強いが、その立場故に公には動けないことも多々ある。今回の騒動がまさにそれだ。だからこそ、ここぞとワタクシたち『影』の存在が煌めくのである。
さて、本日の事件もお嬢様は美しく鮮やかな手並みであったと思う。三十余名の狼藉者が駆逐されていく様は圧巻であった。騎士が剣を振りかぶればその力を後押しし、騎士が傷つけばその傷をいやす。背後からの襲撃にはワタクシ含めた『影』のメンバーが時に注意を促し時に気づかれぬように守る。こちらの手勢は騎士が十名、ワタクシたち『影』が四名。そして我らのボスたるシャロンお嬢様率いる一行。エル坊ちゃま、ジルファイス第二王子殿下、『魔』たるエイヴァ殿。
戦う騎士と、守り支えるシャロンお嬢様方。無駄なく乱れもない動き。素晴らしい。流石ワタクシのシャロンお嬢様とエル坊ちゃま。輝いておられる。特にあの結界は、すごかった。すんごかった……。以前拝見させていただいた時よりも進化している。
――ワタクシは覚えている。いつだったか、シャロンお嬢様に突撃しては撃退されるという不毛を繰り返していたジルファイス第二王子殿下がかの結界を嗾けられて心身共にぼろ雑巾のようになっていたことを。あの頃の結界はただただ攻撃を返すだけのものではあったが、シャロンお嬢様は一歩も動いていないのに近寄ることもできない第二王子殿下は無様であった。ははっ、無様であった! シャロンお嬢様もっとやってください!
……まあ、二人が並ぶと一服の絵のように美しくお似合いであることは否定できはしない。ゆえに『影』の中には第二王子殿下とシャロンお嬢様の仲を応援しようとする輩も少数ながら存在はする。
しかしワタクシは賛成致しかねる派だ。ぶっちゃけ近づかないでいただきたい。彼が第二王子でなければ背後から強襲し何事もなかったことにしていたであろう。だって彼がつけ狙うかのお方はワタクシたちのボスでありワタクシの女神でありワタクシの! 愛しい人なのだ! そしてそのシャロンお嬢様が殿下を『ストーカー』と断言している! ワタクシにはシャロンお嬢様が法律である!
だがしかし流石に脳内を駆け巡った惨事を実行に移すことは出来なかった。シャロンお嬢様に止められたからである。代わりにシャロンお嬢様ご自身が動かれた。結果があのざまである。愉快だ! 殿下御自慢の美しいかんばせはどれだけ薄汚れようとも美しかったことだけが腹立たしい。ぼろ雑巾の様相であったというのに。第二王子殿下であろうともワタクシたちの女神に近づこうとするからそうなるのである。自らよりも地位の高い相手にも情け容赦のないシャロンお嬢様が素敵だ……。なおシャロンお嬢様はそんな第二王子殿下を御覧になることもなく優雅に紅茶を嗜んでおられた。殿下のメンタルはズタボロである。その無関心が成せる鬼畜っぷりが素敵だ。……素敵だ……!
話がそれた。
ともかく。そんな容赦のないシャロンお嬢様が影の指揮官として支配していたこの空間。襲撃者どもが長くいきがれるはずもなく、ものの一時間ほどで制圧してしまった。
ここまでが全てシャロンお嬢様の読み通りである。大の大人を掌の上で転がすワタクシたちのボスが尊い。そしてそんなワタクシのお嬢様からワタクシたち『影』に指令が下った。孤児院シスターが王太子殿下や騎士たちとこの後のことについてまとめている間。一瞬。瞬きの中だけ、我らの潜む天井を的確に見上げたお嬢様。
そして、微かに、こくり、と。頷いた。
その意がくみ取れないようではお嬢様方付の『影』などやってはいられない。蹴落とされる。熾烈な争いを制してワタクシたち四名はこの地位を勝ち取っているのである。月に一回勃発するひそかなる戦争。そう、これは戦争なのだ。シャロンお嬢様の近くにいるだけでワタクシたちは今日もおいしく空気を吸うことができるし世界が輝いて見えるしご飯はおいしいし癒されるしなんていうかもうワタクシを踏んでくださいシャロンお嬢様ぁ!
取り乱した。
ともあれ、シャロンお嬢様の指示は絶対である。ワタクシたちはアイコンタクトすらいらぬ一糸乱れぬ連携の取れた動きで、その命を実行するのみ。お嬢様は言った。この外出が始まる前に、我ら『影』に命じたのだ。
『いい? 貴方たちの動きがとても重要よ。――私の目となり手となって……ひっ捕らえなさい。嵌める舞台は、用意できているわ』
あとは、馬鹿が自ら網にかかるだけよ、と。
――すべてはシャロンお嬢様の掌の上。何もかも見通すその御慧眼はいったいどこまで何が見えているのであろうか。ワタクシのごとき愚昧の輩にはその一端も見えはしないが……そんなことは関係がない。
『影』はシャロンお嬢様が構成した特殊な部隊である。その所属者は多岐に渡り、ワタクシのように常に従事する者もいれば普段は使用人として働く者もいる。まあそもそもランスリー家に属する使用人は腰の曲がった老爺からずんぐり太った料理人、採用間もない少女まで、全て戦闘に長けているのだ。これは先代の旦那様……アドルフ・ランスリー公爵様の時から変わらない。その中から選りすぐりやシャロンお嬢様が見出したものだけが『影』となってシャロンお嬢様とエル坊ちゃまをお傍でお守りできるのである。護衛や私兵と違ってどこにでも潜り込み、シャロンお嬢様の深淵なる思考から生み出される至高の作戦の数々を実行するために手となり足となり、時に目となり耳となり口となって動く精鋭実働部隊。
それが、ワタクシたち『影』。
だから、シャロンお嬢様のその行動の意図をワタクシたちが図る必要性はない。全てはお嬢様の意のままに。
さあだから走ろう。馬鹿な獲物は、目の前だ。