4/45 親に似るもの(エイヴァ視点)
――うむ、そんな感じの経緯だったが、もしや我、余計なことまで思い出しただろうか。いや、それもこれも先ほどまでバッチンバッチン変態共が弾き飛ばされて我の周りが煩かったのにも関わらず、現在はそんなこともなく平和……平和? だからだろう。
ちなみに変態共の襲撃は終わっていない。
我やシャーロットがその気になればゴミではあるが、只の人間にはなかなか苦戦を強いられる相手であったようである。というか涎をたらし目を血走らせ、人語も通じぬような前時代の生き物に見えるのだがあれが変態という生き物の生態なのだろうか。で、あれば師匠と呼ばれていた、学院に出没している二名の生命力の高いあれらもあのようになる、と? ふむ。キモイ。キモイな! まああれらは割とすでに鼻息も呼気も荒く頬を紅潮させ、涎をたらさんばかりに口元を緩め、指先を絶妙に気持ち悪く蠢かせ、「うへへへへへへへ」などとのたまいながら会話が成り立たぬ様相を呈してはいる。うむ、既に十分気色が悪かった。
まあそんなことはどうでもいい。ともかくも、そんな前時代の変態による、痛みも傷もなんのその、命ある限り向ってくるという変態染みた襲撃は騎士の数の方が少々少ないせいで、シャーロットたちが援護に回ってもなかなか殲滅に時間がかかっている。
が、それでも我の周りは平和である。なぜ平和かといえば、……
「……」
我は半眼で己の周囲を見渡す。我の背後には我が張った子供らの避難する結界。我の頭上――というか、我の結界をすっぽり覆う形で、……もう一つ。結界。
その結界は向ってくる変態襲撃者共が結界を殴れば三倍にして殴り返し。結界を切りつければ変則的剣筋で五倍にして斬撃を放ち。魔術が放たれれば同系統魔術で小出力・連続攻撃を繰り出す。ぐにょうんぐにょうんと変形し、流動的でありながらその守りに穴はない。ちなみに殴り返すときは雄々しくも人の拳を形作っている……。
我ではない。言っておくが、我ではない。
ならば誰であるかといえば、愚問だ。シャーロットである。我が我の張った結界に背を向けて立ってから数十秒もしないうちにこのシャーロット製結界が展開された。眉をひそめてシャーロットに迷わず目を向ければ、
『自律型反撃結界よ。イイ子でしょう』
そう語った。唇の動きだが。自律型……鬼畜型の間違いではないだろうか? 明らかに挑発的に煽っているように見えるのだが、シャーロットに似たのだろうか? というか、これができるのであれば我、要らないのでは? いや、逃げ惑う子供らを回収する必要があったのか。……まあいい、鬼畜型結界、もっとやれ。結界の向こう側ではエルシオが引き攣り切った顔で何かを諦め、ジルファイスが何か嫌なものを思い出したかのような土気色の顔をしているが、我には関係がないだろう。
我に関係しているのは、この鬼畜型反撃結界がぐっしゃんぐっしゃんと人間が立てるには少々奇抜な音を立てさせているのがちょっとうるさい、というのと、この結界に我のお株を奪われてしまったのでシャーロットたちからの我への褒め言葉が減ってしまうのではという懸念だけである。
なぜなら守るべき子供たちは我の背後でそれこそ平和に―――――
「むかしむかし、おじいさんとおばあさんがいました」
うむ、平和に絵本を読んでいる。この状況で絵本を読みだす神経があまりわからないが、シスターなりの配慮であろう。どれ、徐々に駆逐されていく変態を見ているのもつまらぬ、我も読み聞かせを少し聞いて……
「おじいさんは山へ魔獣狩りに、おばあさんは川へ滝修行に。日々研鑽を積み肉体を強化し、やってくる敵を血祭りにあげんと拳を合わせていました」
……うん?
「おじいさんはある日やって来た武将の首を狩り、おばあさんはお気に入りの髪飾りをちょろまかした鬼を惨殺し、」
うむ、平和ではないな! 多分、これは、平和ではないだろう。子供とは繊細なものであるとエルシオは言ってはいなかったか? 血なまぐさいものなど知る必要もないとシャーロットも言っていた、ような? 絵本は佳境に入り、とうとうおじいさんとおばあさんなる猛者共が国を一つ落としたようだが、繊細であるという子供たちは其の絵本でいいのか?
「キャッキャ!」
「シャロおねーちゃんだ! かっこいい!」
「つえ~! ふあああああ!」
よろしいようだ。何か基準にシャーロットが含まれているが、それは今まさに変態共を己の手を下さずして血祭りにあげている美しい鬼畜少女が多大な影響を与えたのだろう。
とりあえず。
前を見れば変態共が結界に殴り飛ばされ切りつけられ、とうとうフェイントまで使い始めたそれに翻弄されているし。
背後では何か行き着く先が読めない絵本の読み聞かせに子供らが大興奮している。
我は、我は……
思いのほか、絵本が面白かったので、おじいさんとおばあさんなる猛者たちがついに世界征服へと踏み出し不敵に笑った、その先の物語に聞き入ったのだった。