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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第四章 子供の領分
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4/44 子供たちは、解り合う(エイヴァ視点)


 生き地獄について語る我とシャーロット。それをジト目で見つめるエルシオとジルファイス。話題を元に戻したのはふとしたジルファイスの言葉であった。


「ところで、そんな土壇場に遭って反撃に転じたというエルは、何が不満だったのでしょう。やはり精神的負荷を十歳の子供にかけたという点でしょうか」

「え? あー。まあ、概ね。……たしかに学ぶものは多かったですし、今なって思えば僕には必要な行程だったんですよね、あの経験は。自覚するためにも、受け入れるためにも。……ただ、孤児院の子供たちに気を遣うシャロを見ていると、僕に対する容赦のなさは何があってそうさせたのだろうかと……」


 困ったように眉を下げたエルシオ。……まあ……確かに?


「『無駄なことはしない』『できると思っていたから』っていうシャロの言葉も分かってるんですけど。当時の僕に、なぜそこまで見出してくれたのか……わからない、から」


 ――だって、あの子たちの方がよほど明るくて、強いように見える。


 下がった眉のままそう紡いだエルシオ。……それはそんなに重要だろうか。認められていたのであるから、素直にそれを受け入れればいいのではないだろうか。その瞳にある感情は、不安、と呼ぶものなのだろうか。我は眉を寄せ、それを問おうとして……


「いや、あの子たちの中に、誘拐の憂き目にあった挙句信じていた人間に裏切り(のふり)をされたにもかかわらず、どういうわけか怒りに燃えて反撃に転じるという精神力を持った子はほとんどいないと思いますよ」


 フッと美しい微笑みを張り付けたままのジルファイスに先を越された。


「多分そのようなあなたの気質をシャロは見抜いていたのでしょう。当時のあなたを私は存じませんので、どこをどう見て、などとは解説できませんが、彼女の洞察力はそういうたぐいの妖怪かと思うほどに鋭いですよ、エル」

「そういうたぐいのようかい」


 朗らかにジルファイスが下した評価を思わず繰り返した我。エルシオはぱちりと目を瞬くがしかし、その瞬間、エルシオではない方向からとっても、とっても、不穏な空気を感じた、我。


「ジル。エイヴァと一緒に、後でお話を聞きに来てくださいますわね?」


 ふふふっと笑うシャーロットは美を体現した女神のようであった。


「アッ、ハイ」


 美しい笑みを張り付けたままのジルファイスは張り付けた笑みは其のまま器用に顔面蒼白になった。これは……


「道連れであるな、ジル! はははっ! よくやった!」


 喜びのままに我はジルファイスをほめた。貼り付けた笑顔のまま、肘が飛んできた。避けた。美しい作り物のような笑顔のまま憎々しげに激しく舌打ちされた。器用である。


「……まあ、そうね。ジルの弁で大体あってはいるわ。そもそも、言ったでしょう。最初からエルはイイ性格だったのよ」


 我らのやり取りを綺麗に見なかったことにしたのだろうシャーロットの言葉で我らも不毛な殴って避けての繰り返しをやめた。エルシオは、長い睫毛の下から惑うように瞳を揺らして、シャーロットを見た。


「そのちょっと自分に自信を持ち切れないところはまだ治っていないみたいだけれど。貴方は優しいし、周りをよく見ている。それって大切なことなのよ。……それにあなたの資質に気づいていたのは私だけではないわ」

「……え?」


 エルシオの大きな瞳が、零れそうに見開かれる。


「……あの事件で、何も知らなかった人間は大いに惑ったわ。貴方を案じ、それはもう酷い騒ぎだった。私の荒療治を知っていた者にしてもそう。メリィなんか直接苦言を呈してきたわ」

「……っ」

「貴方が帰ってきた後。過保護なほどにみんながまとわりついて来たでしょう。ちょっと変態が変態だったけど、まあそれは忘れた方がいいわね。ともかく、私はあなたの資質を見込んでいたし、周囲の彼らを信じていた。……彼らは必ず、貴方を守る。貴方を、孤独にはしない。彼等は貴方を認め、信じ、慈しんでいるのよ」


 だからあなたも理解しなさい、とシャーロットは言う。


「あの時から今もずっと、彼等にも、私にも、貴方は愛されているのだから」


 ふわっと、全く悪辣ではない笑みを浮かべたシャーロットなど、いくらぶりに見たであろうか。それは、ああ、とても、……姉そのものの慈愛。エルシオはわずか、肩を震わせて、けれど微笑んだ。


「っ……ひとりには、させてくれないんだっけ……」

「そうね。我が家の愛情は重いのよ」

「……うん……」


 義姉弟が解りあい、手を取り合った。それは、なんだろう。多分、美しい光景、なのだろう。そう思う。――少し、何か。もやもやと。する、気もするけれど。よく――――わからなかった。



 と、



「つまりね……」

「……つまり?」


 解りあった義姉弟だったが、不意に慈愛の笑みから完璧な輝く笑顔に戻ったシャーロットの言葉にエルシオがきょと、と首をかしげた。




「あの荒療治、年齢は関係ないわ。見込んだから決行した、それだけよ。貴方が五歳でも十五歳でもやれると思えば私はやるわ。才能があった自分を褒め称えつつ諦めなさいね、エル」




 ぴしりと固まったのは三人ともであるが、それは決して責められるべきではないだろう。シャーロットの言葉は正しく最初のエルシオの疑問に答えた形なのであろうが、あまりにも容赦がなかった。その時の我らの内心は一致していた。――シャーロット・ランスリーは、鬼畜である!










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