4/40 その感情を知らない、(エイヴァ視点)
「我が……守る?」
にやりと、それはそれは悪人面で笑ったシャーロット。我は毒気を抜かれたようにストンと腰を下ろす。いつの間にか頬は解放されていたが、代わりに再び立ち上がって子供らの注目を浴びるような行動をせぬようにとエルシオたちは服をがっしり掴んでいた。ふむ、抜かりない。
ではなく。
「つまり……どういうことだ?」
というか、……よく考えれば。……騎士が相手にできる程度の輩であれば、あの子らでも相手にできるのではないか? 騎士顔負けの攻撃力と連携を無邪気に見せつけてきた子供らであるぞ?
「言葉通りの意味よ。何のひねりもないわ」
「……?」
首をひねる。同じ方向にシャーロットが首をかしげる。今は色を黄土に変えたままの髪がさらさらと揺れた。ふむ……シャーロットはいつでも美しいが実に恐ろしい。そしてよくわからない。
「あの子らは……それなりに戦えるだろう? 我の守りが必要か?」
優先されない子供らの扱いに焦りを覚えた。だが……その焦りは不要だったのではないか? むしろ、なぜあのように先ほど我は焦ったのか? 咄嗟の事だったからか? ……いや、だからといって我が慌てなければならない要素などそこにあったか……?
――と、
「馬鹿ね」
珍しく思考の深みにはまりそうだったかもしれなかったがバッサリ言い切ったのはやはりシャーロットである。この娘、出会った当初から罵倒に容赦がない。ひねりを利かせた嫌味を繰り出すことも数あるが、どこまでも真っ直ぐ端的に我に暴言を吐く女児がかつていたであろうか。いなかった気がする、多分。――いや、すごく、昔に、……いなかった、か? まあいい。
「なぜ我は馬鹿にされたのだろうか。我、傷ついた。そろそろ我、怒ってもいいのではないか? なあエルシ、エル」
咄嗟にエルシオに話を振った。満面の笑みがそこにあった。
「ううん、シャロの話をちゃんと聞くべきだと思う。不満の解消はそのうち荒野で何とかしようね。我慢できるエイヴァ君、カッコイイよ!」
「そ、そうか? 我、カッコイイか?」
「そうそう! だから聞こうね。聞き流したら後で戦女神とご対面になる気がするよ」
戦女神とは。ふと、視線をシャーロットに戻した。笑っていた。我はたちどころに背筋を伸ばして傾聴の姿勢に戻った。我、学習している。
「さて。貴方が馬鹿だと言ったのは、子供たちのことをちゃんと理解していないからよ」
「……理解? あの子らが戦えるのは事実であろう」
「そうね。でも、あれは、『遊び』の延長よ」
「『遊び』。騎士もかくやの威力を持つ魔術体術何でもありの陣取り合戦が……遊び、……か?」
「『遊び』よ。だって楽しそうだったでしょう?」
「この上もなく楽しそうではあったな。キラキラしていた」
「ね? まあ、そうして彼らの魔術技量を上げたのは私だけど。それはいいとして、どれだけ魔術の造詣が深くとも、戦略を練ることができても、根柢の魔力が潤沢でも、あの子たちは『幼子』なのよ。十にも満たない、子供」
「ふ……む……? それが……?」
「あの子たちは実際に『戦った』ことなどないわ。孤児院内、広くて王都内。シスターや私といった監督者がいる中で、お互い知った友人同士で、『遊んでいる』に過ぎない。……本物の殺意も狂気も、それによる誰かの『死』も。あの子たちは知らない。……知る必要すらない小さな子供よ」
「……」
「『襲撃者』たちは、その実力はさておいて、本気でこちらを害しに来るわ。初めて対峙する、さほど実力差もない、殺意と悪意に塗れた大人と、本当の意味で誰かを傷つけたことなどないそこそこの実力の子供では、どちらが有利かなんて考える必要もないわ。冷静に子供たちが退避行動をとることができるかどうかも、可能性は低いわね」
「……そういう……ものか?」
「そういうものよ。もう少し年長なら話も変わるけれど……今、この孤児院に所属する子供は本当に幼いのだから。『戦闘能力がある』ことと、『戦える』ことは、別よ」
「別……」
「ええ。貴族的思考で、騎士の立場としての優先順位であるならば王太子殿下が最上位に来て子供たちが最も下位に来る。それは覆らないけれど、純粋に最も弱く守りが必要なのは『子供たち』だわ。……でもこの場で守る力を持つ誰もが、倫理だけでは動けない……エイヴァ、貴方以外は」
さて、とシャーロットはその今は深いダークブラウンに色を変えた瞳で、我を射抜く。
「――だから、貴方が、守りなさい。恐ろしい全てのものから。子供たちがわずかも傷つかないように」