4/39 貴賤無き心は美徳で出来てはいない(エイヴァ視点)
「――『つじつまが合わない記憶と関係は破たんする』。だからであろう?」
我の答えに、ゆっくりとシャーロットの唇が弧を描いた。
「そうよ」
「……合ってたー! 合っていたぞ、ジルf、ジル! 我、正解した!」
「頑張りましたね、エイヴァ」
「すごいね、エイヴァ君」
「やればできるのね、エイヴァ」
「ふ、ふふん! 我、出来る子だからな!」
「ええ、そうね。この際年齢の件は横に置いときましょうか。記憶を操作することは可能。でも一度それをすれば次も、また次もと重ねていくことは目に見えているわ。今でさえこんなにも軽々しく使おうとしてしまうのだもの。でも、全ての人間の記憶を修正できるのかしら? 間違いなく、齟齬なく? それが度重なっても疑問を抱かないでいられるほど人々は単純ではないわ」
そこでシャーロットは一瞬言葉を切った。そしてその瞬間だけ、表情という表情が書き消える。
「『はい』しか言えない木偶でいいなら心も言葉も要らないのよ」
一秒にも満たない時間。次にはにっこり、彼女は笑う。とても、鳥肌が立った。
「そういうわけで、大騒ぎの中心になって目立つわけにはいかないの」
しかし鳥肌が立ったのは我だけではなかったようだ。ジルファイスとエルシオも軽く腕をこすりながら重ねて告げている。図らずも男三人、動きがシンクロした。親近感が増した。
「王太子殿下には話を通してあります。私たちとは面識がないという体で行くことになっていますし、事が起こった後も私たちは場の後始末だけで不要に拘束されないことは承諾をいただいてあります」
「だからね、エイヴァ君。僕たちが王族・貴族であるということも明かしちゃいけないんだ。孤児院の関係者ってことになっているからね」
しかし我はそれらの言葉に口をとがらせる。
「……では、我らは……見ているだけか……?」
つまらん。――が。
「「「そんなわけがないでしょう」」」
心底呆れたような声でのハモリだった。美しいユニゾンである。
「仲が良いな」
思わず返したがシャーロットは真顔だった。
「光栄よ。ともかく、傍観なんてしないし、出来ないわ。彼等の狙いに目星はついているの。今日のこれはそれを確かめるためと罠をかけるためよ」
きっとえげつない罠なのだろう。しかし……。
「……暴れられぬのであろう?」
つまらん。と、二度目の声は口に出ていたようだ。むっちりと、右から左から頬をつねられた。さりげなくねじられている。ちょ、痛、ちょ、
「いたたたたた痛い! エル! ジル! 我、痛い! 我の白皙の頬がちぎれ落ちる!」
「自分で言うのねエイヴァ。大丈夫よ生えてくるわ。それを踏まえて、魔術はただ攻撃しかできないモノ? 違うでしょう?」
シャーロットが酷い。いや、言わんとすることはわかるのだが。
「光魔術……」
「ええ。治癒術。回復術。それだけじゃないわ。魔術は私たちの生活に密着している。日常を補佐し、街の活動を支え、そして人を、守る」
「……」
「身分を隠した『お忍び』とはいえ、王太子殿下だけは私たちのことをご承知よ。大々的に暴れられない私たちはけれど『守られなければならない』」
「……?」
「万が一、今回のことがばれるようなことがあって、その時僕たちが怪我でもしていれば責任を追及されるのはその場にいた騎士だということだよ」
「ばれなければいい話ではあります。実際、ばれることはないでしょう。しかし王太子殿下の妥協点もそこにありましたからね。……そして騎士たちが護る対象はその王太子殿下なのです」
「だから私たちは王太子殿下の傍にいく。そこから出来得る限りの補助と援護をするにとどまるでしょう」
「孤児院自体はランスリー家や王家の支援も受けているからね。そこの職員ないし関係者であると認識されているのであればそれは信頼の根拠になるんだ。むげにはされない。……できないんだ。身分がなくとも『貴族のお気に入り』である可能性が高いのだから。シスターがランスリー家と親密なようにね」
「……ふむ……?」
「ここまではいいかしら?」
「我らは、ことが始まればらる、……王子、の近くに行けばよいのか」
「『私たち』はね。貴方は――別行動をしてもらうわ」
「む? なぜだ」
「……人の命に貴賤はないけれど、優先順位はあるんだよ。心と立場があるからね。騎士が優先するのは王太子殿下が一番。次は職員。―――最も優先順位が低いのは、」
エルシオが言葉を切る。三人で目を見合わせて、
「―――子供たちです」
ひゅっと、息がつまった気が、した。
「! っな、」
思わず立ち上がりかける。しかし、シャーロットは笑った。
「だから、エイヴァ。貴方が、子供たちを守るのよ」