4/38 背景(エイヴァ視点)
子供らを置いて結界の外に出た。一応内部の様子を知れるよう、外から中の声は聞こえるようになっている。混乱する子供らをシスターが宥めているが、錯乱せぬとも限らぬ。我の許可なしでは中からも出入りできないようにしておいた。
そこまでしたところでシャーロットを探す。何処から湧いたのか騎士・兵士が変態を抑え込み、シャーロットたちの護衛も暗躍しているようだ。まさに混とん。しかし混戦していようが何だろうがすぐわかった。ラルファイスの近くにいるのがエルシオとジルファイスで、その陰に隠れるように周囲を見渡し補助に徹する――シャーロット。彼女も我を丁度見ていて――フッと、笑った。それは一瞬だったけれど。
これは……おやつ抜きの刑回避が叶ったかもしれぬ!
ではなくて。
我は結界を背に仁王立ちをする。我の結界は変態などには破られぬが、大仰に変態を殺し尽くすわけにもいかぬ。――我の脳裏に浮かぶのは、直前に昏々と正坐で言い聞かせてきた三人の姿だ。
「――いいこと? エイヴァ。王太子殿下訪問にあなたの初外出を合わせたのは効率を重視したからよ。貴方の感知力ならもう気付いていると思うけれど、ここはすでに包囲されているわ」
「……うん? ……む。誠ではないか!」
「……うん、今気づいちゃった感じだとしたらどれだけ全力で遊んでいたのかなエイヴァ君。楽しそうで何よりなんだけど自分の年齢を自覚しようね。外見年齢でいいから」
「だから正直が過ぎると何度言えばいいのですエイヴァ。そこは気づいていた振りをしてやり過ごすという無謀を試みるところでしょう」
「無謀と言い切っている辺りシャ、ロ、にばれるのは確定ではないか!」
「いやね、当り前でしょう。そんなことよりも、貴方の感知ではどのくらいの勢力を把握しているのかしら」
「む……三十程がこちらに向かっているが……それを取り囲むように十人ほどが散らばって距離を詰めてきておるな」
「正解よ。三十が今回の標的で、散らばっている十がこっちの手駒……まあ、王太子殿下の兵士よ」
「ふむ? ではその三十、今から我がまとめて掃除してこようではないか」
「駄目よ」
「なんと!?」
「私たち、今、何をしていますか、エイヴァ」
「子供らと遊んで「お忍び訪問ですよね、エイヴァ」……うむ」
「『お忍び』が『お忍び』っていうのはね、周りに隠れてこっそり出てきているからなんだよ、エイヴァ君。それを踏まえて、ここでエイヴァ君が思いっ切り賊を蹴散らしたら、……どうなると思う?」
「我がすっきりする!」
「そう。欲求不満なのね? 今度荒野に連れて行ってあげるからおやめなさい」
「……シャロ、その荒野、もしや元タロラード公爵領では?」
「あそこ以上の場所があると?」
「いいえ。しかし死した土地にムチ打つ仕打ちですね。今後百年は再生は見込めませんか……。エイヴァの欲求がたまって暴発するよりはマシでしょうか」
「大いにましよ。そしてそんなことはどうでもいいわ。エイヴァ。貴方の欲求不満は解消するかもしれないけれど、絶対に、目立つわ。認識阻害でも誤魔化せないし、むしろ事件性ありととらえられて追われる可能性の方が高い。私たちが出ればそうでもないけれど――」
「そうすれば、『お忍び』は終了。次はないと思うよ?」
「陛下や公爵邸など一部は理解がありますが、王城や貴族の心象は一気に悪くなりますね」
「すぐ終わるぞ? 我は強い。シャロもいるではないか。心象など……記憶だろう。いくらでも誤魔化しのきくものだ」
「……勿論、私や貴方が出たらあんなの瞬殺ですわ。ゴミね」
「ゴミ」
「ゴミよ。でもね、エイヴァ。記憶を操作することは確かに可能よ。でもそれは出来得る限り使ってはいけない手だわ」
「……なぜだ? 不都合なのだろう?」
「少しは考えましょうか、エイヴァ。シャロをごらんなさい。微笑んでいますが、あれは『先生』ですよ。講義の時間を思い出しましょう。……いかがです?」
「……うむ。…………うむ! わわわ我、考える! 考えるぞ!」
「どういう意味かしら。ねえ彼ら、殴ってもいい? エル」
「……駄目じゃないかな。シャロの責め苦講義が効いてるんだよ……仕方ないよ……ちょっと効きすぎてるけど……」
「『責め苦講義』なんてしてないわ? ちょっと笑顔と真顔と威圧と飴と鞭と正論を駆使しただけよ?」
「うん、精神をがりがりに削る拷問講義だよね」
「なぜ呼称が悪化したのかしら……解せないわ」
「エイヴァくーん。そろそろ考えはまとまった?」
「ちょっとエル、」
「う、うむ! 判ったぞ! 我、考えた! 我、頑張ればできる子なのだ!」
「…………………そうね。じゃあ答え合わせ、しましょうか。エイヴァ」
「――『つじつまが合わない記憶と関係は破たんする』。だからであろう?」