4/37 襲撃(エイヴァ視点)
来る、と思った。隠されてはいても我を欺くには技量が足りぬ。筒抜けの感情と気配、そして先ほど繰り返されたシャーロットたちの話。予測は容易。
ガッシャーン、とけたたましい音を立てて孤児院の窓という窓が割れる。室内を満たす悲鳴と怒号。そして漂う血臭と共に何処からともなく現れた侵入者。――その数三十数人。
撃退しようとしたのは反射だ。炎、氷柱、それともここに海でも作ろうか。ただ一つの魔術でいい。ほんの指先ひとつでいい。たやすくて一瞬のこと。あれらは侵入者。脅かすもの。その命を刈り取ること。本能。そこにためらいを感じたことはない。弱くて卑小で愚かなそれらは明確な殺意を向けてきた。――我に、我らに。つまりそれは我と『遊びたい』と主張しているも同義であった。
だから、だから――嗤って、
「――ちゃん、」
止まる。破砕音が続く。誰かが負傷した。けれど、我は。
「――おにい、ちゃあああん」
小さな小さな、幼い声が、我を引き留める。振り返れば、子供。大きな瞳。小さなからだを震わせて、何も知らぬ無垢な子供らが、誰かは動けずそのまま座り込み、誰かは当たるはずもない精彩無き攻撃を連射して、逃げ場所を探して狼狽え、……そして、
恐怖を映して、泣いている。
「っ……ぁ、」
息をのむ。呼吸が止まる。遠い遠い遠い記憶。手の平を返す誰か。怯え逃げ惑う村人。恐怖に彩られた罵声。火の海に沈めた、村。
そ う し て す べ て を う し な っ た 、
「いやああああああああああっ」
「っエメ!」
思考が黒く染まりかけた瞬間、響いた少女の悲鳴、その名を叫ぶ少年の声。エメをとらえる巨漢の男は正気を失った目をして喜悦と狂気をほとばしらせる。――エメを呼んだ少年は、振り下ろされる刃に間に合わない。
このままでは、エメは、少女は――
「――その顔の分際で子供に触れるとは貴様よもや変態かっ!」
気づけばそう叫んで、エメを抱き込み男を蹴り飛ばし。救っていたのは我だった。
「お兄さん、その叫び、多分違う。今じゃない」
なぜか至極冷静になってしまった少年の言葉が背後から届いた気もしたが、まあ些事だろう。よく見ればこの少年、エメの兄だというリクであった。先ほど『気のせいだった』発言により華麗な掌返しを見せつける先陣を切ったのはこの子供だ。何かエルシオに通ずるものがある少年である。なお妹のエメは氷でできたゴリラの人形を常に抱きしめている少女である。『……シュールな兄妹ですね』と零したジルファイスには全面的に同意した。
ではなくて。
我――冷静になった! 子供らにとっては突然の襲撃なのだ、子供らが脅えているのは我ではなく襲撃者たる変態共であろう。ならば別にいいではないか。変態は恐ろしいものだと常々シャーロットが言っている。正直ここに何故襲撃者が来たのかとか、それがどうして変態の集団なのかなどはどうでもいいし興味もない。シャーロットたちも我には教えなかったし、知らぬままで構わぬのだろう。それに事前に聞かされていたということはシャーロットらの予測に組み込まれていたのであるからして、予定通りであると見た。
そして我の、今やるべきことも、思い出した。
「っと、ぅわあ!?」
「きゃあ!? ゴリランさんが!」
思い出した瞬間兄妹を纏めて抱き込む。ゴリラの氷人形は……何か呪われそうなので回収して渡していた。そしてそのまま風の魔術を展開、逃げる子供、惑う子供泣き叫ぶ子供捕まりそうな子供動けなかった子供、ついでにシスターなる女を風の腕でひっ捕まえて引き寄せる。
「ひいっ」
「いやあ!」
「あええええええ!?」
「うわああああぁぁぁぁぁあああん!」
「うっほほほほほぉい!」
何か一つ奇声が混じっていた気もするが、ともかく孤児院の者共を一堂に集めた我。獲物を奪われこちらに向かってくる侵入者。しかしそれらは、
――ぶわっちん!
間抜けな音を晒して見事に全部弾かれた。我の結界である。なお変態と子供らが顔を合わせるのはよろしくないと常々シャーロットが言っていたので、内部からは外が見えぬようきらきらと白く光らせておいた我。心づかいの出来る『魔』なのである。
「……」
「……」
「……ふぇ?」
一瞬の出来事に状況がつかめない子供らとシスター。我は腕に抱えていた兄妹を降ろし、ぐっとサムズアップをして片目をつぶる。
「安心せよ。ここは吾が結界の中ゆえ、もう変態共には脅かされぬぞ!」
敵を殺さず子供らを傷つけず、大魔術を使用せず。……まあ少々、それなりに、わりと結界は強固なので外でばっちんばっちんと変態が弾かれているようだが変態であるからして構わぬであろう。煩いので防音効果を追加しておけば完璧である。……我、成長してる! これは……シャーロットも褒めざるをえまい!
我は、上機嫌だった。ので。
「お兄さんの中で、あれは侵入者でも犯罪者でも狂人でもなく変態として固定されてしまったんだね……」
遠い目のリクの言葉など、我、知らぬ。