4/35 正直が過ぎる(エイヴァ視点)
なんという素気無い却下。躊躇いもなければ逡巡もない。まさに冷徹の極み。
「えー? なんで? なんでぇ?」
「お外行こうよー、氷のねー、ゴリラがねー」
「遊びたい! お兄ちゃんすっごい早いんだよー! 捕まえてぼこぼこに倒すんだよ!」
「よいだろう? 外でのほうが我の華麗なる空中遊戯ができるではないか! なあ!」
子供らと声を合わせて抗議をする。地団太を踏み、手を振り上げ、舌ったらずにけれど頬を膨らませ真っ直ぐに。何か一部子供たちの言葉にシャーロットの英才教育を垣間見るものがあったような気もするが、まあどうでもいいことだ。とにかく全力で不満を表し全身で駄々をこねる我ら一同。団結していた。結束は固かった。決意も堅かった。
しかしそれは気のせいだったようだ。
「……あら、わからない?」
フッと、優しく。そう、それはそれは慈愛のこもった女神のような神々しい美しさを湛えてシャーロットが微笑みそう告げた、その瞬間である。
「あっ、気のせいだった!」
「僕たちイイ子だもんね!」
「なかよく遊べるもんね! お部屋、楽しい」
「「「お部屋、たーのしい!」」」
少年少女の見事な掌返しは鮮やかだった。シャーロット直伝だろうか。我らの固い決意と結束は瞬時に解散した。我は思わず正直な声を上げる。
「何と!? 仲間外れか? 我は外がいいぞ!」
子供らに苦い顔で激しく舌打ちをされた。子どもらはしきりに我の手を引っ張って微笑みのシャーロットからじりじりと遠ざかろうとしている。その子供に有るまじき引き攣り切った顔を見て、やらかした、とさすがの我も自覚した。これはどう誤魔化すべきか。頭の中に逃亡計画が巡った。
だがしかし前門の虎後門の狼。そっと、赤子に触れるかのような繊細な手つきで、冷や汗を流しシャーロットから遠ざかる我の肩を背後から叩いたのは。
「さて、お話をしましょうか」
「エイヴァ君は、こっちだよ?」
「みなさんはこちらですよ。さあ、おいでなさいね」
それはもう綺麗に笑うジルファイスとエルシオとシスターだった。
「……詰んだ」
そうつぶやいたのは誰だったのだろう。とてもうつろな声だった。
✿✿✿
その後。部屋の向こうに子供たちは連れられ、反対側の隅で我らは膝を突き合わせて正坐をしていた。
まず口火を切ったのはシャーロットである。
「エイヴァ。確かに今日のお出かけの行先が『孤児院』であるということを今日まであなたに伝えることを忘れていたのは私の手落ちよ。悪かったと思っているわ。でも、今日の目的については事前に伝えていたと思ったのだけれど私の記憶違いかしら」
「シャーロッ……シャロが謝った、だと……?」
「注目点はそこじゃないわね。そして貴方の発言から垣間見える私の認識に不満があるわ。締め上げますわよ」
「締め上げるからダメなのではないですか? まあ、エイヴァ? 確かに今は、そこは重要ではありません。先ほどから正直が過ぎていますよ。慎みなさい」
「……うん?」
「……エイヴァ君、数秒前に言われたことを忘れる悪い癖はなおそうね。あとシャロの言葉は記憶違いじゃないし、何なら僕とシャロとジルとそれぞれ二回ずつくらいは説明した覚えがあるよ」
「……そうだったか? そうだったかもしれぬ。うむ、外出が楽しみだったゆえ、聞き流していたな!」
「正直が過ぎるわね。清々しいわ」
「あんなに心を込めて言い聞かせたつもりが聞き流されていたことに私は憤りを禁じ得ませんよ。なのにこの笑顔ですか」
「次から書き取りテストと口頭試問を組み込みましょう」
「なぬ!? 座学が増える気配!? こ、子供らに危害は加えぬということは覚えておったではないか!」
「何当たり前のことを言っているの。それは常識よ。幼児に危害を加える年長者がどこにいるのよ」
「……」
「……」
「……」
「私がしたのは楽しく遊びながら才能を伸ばして学べる方法よ? 叱る時は膝詰めで笑っていただけだわ。危ないことをさせるわけないじゃない、馬鹿ね」
「……解せぬ。それでなぜ幼児がああも屈強な騎士もかくやな攻撃を無邪気に繰り出すようになるのだ?」
「先ほどの脅えようも尋常ではなかったですよ。絶対零度の微笑みをお見舞いしたのですね」
「えっと、ほら、シャロ式教育方法は子供相手には『楽しく』『安全に』が第一なんです。それは確かですよジル。だって僕たちあの師匠のあの教育を潜り抜けてきたんです」
「なるほど反面教師。なら心配は杞憂ですか」
「ふむ、エル、が言うのであればそうであろうな」
「なぜエルの言葉で納得するの。失礼ね。そしてそこも本題ではないわ。本題は今日のイベント。『エイヴァと街に行ってみよう、with王子』」
「うむ、ジル、と一緒に来たな」
「いいえ、『with王子』はジルの事ではないわ」
「『これ』」
「ええ。もう一人いるでしょう、この国の王子様。――王太子殿下・ラルファイス・メイソード様が」