4/34 秘めたる脅威は無邪気だろうか(エイヴァ視点)
我は子供たちを追いかけながらもちら、とシャーロットたちに視線を投げた。いろいろとシャーロットの知り合いに会いながら辿り着いた孤児院。同行者であった彼らは少しあいさつした後に部屋の隅にシャーロットを引き摺って行った挙句何かを延々と話しこんでいる。お蔭で我が子供の相手をすることになっているのだが、これがなかなか面白い。
魔術・暴力・暴言厳禁とを厳命され、それを少しでも破ろうものなら向こう一か月スパルタ座学講習正座付きとイイ笑顔で言ったシャーロットはあまりにも酷薄な微笑みを浮かべており……これは了承or死の場面であると瞬時に悟った。だって背後に立っていたエルシオまでおんなじ顔をしていた。これはいけない、と我が悟るには十分だった。あの義姉弟は残念ながら容赦がないのである。
そのようなわけで我はとても健全に子供らと戯れている。時々閃光が光るのはひとえに子供たちの手遊びである。断じて我ではない。我であったら話し込んでいると思いきやちゃんとこちらも見ているらしいシャーロットたちの『正座でお仕置き』が待ったなしであろう。
……ともかく、鬼ごっこに興じているのだがプカプカと浮くシャボン玉に乗りなかなかの速度で逃げていく子供たち。捕まりそうになると反撃に転じてちょっとした炎やちょっとした氷柱やちょっとした雷光をほとばしらせる子供たち。我にそれらの攻撃が効かぬと判るとどういうわけか目を輝かせて団結し、『鬼ごっこ』ではなく『我』対『子供たち』で陣取り合戦が始まったこの状況。
……? 子供、こども……? 平均年齢で言えば七歳~八歳、位なのだろう。写真付きでエルシオの講義で学んだ。そのさいに子供とは大人よりも幾分か弱い生き物であるとも説明があったような記憶もどこかにある。……いや、そう言えばここに出向く前にシャーロットが、
「今から向かう先にいるのは『とっても』元気な子供たちですわ。本来はもう少しか弱い年ごろなのだけど……『とても』元気よ。今のエイヴァができる最大限の手加減があれば、きっと楽しく遊べるわ。平均的な町の子供たちとの交流は、もうちょっと力のコントロールを完璧にしてからにしましょうね」
といっていた気がする。ふむ、つまりこの子供らは平均より『元気』な子供らなのだろう。
「にーちゃん、にーちゃん、なかだとでっかいわざできねーから、そといこーぜ!」
「えー、おにいちゃん、お人形遊びしたいー」
「お兄さん、もっと逃げて、逃げて! 早―い! きゃははははは」
「外でお人形で怪獣ごっこしよー?」
「組手! 組手したいー! シャロねーちゃんがねえ、そしつあるっていうんだよ! えへへへ」
「はやーい、当たらなーい! みんなみんな、いっせいこーぜきしよーぜ!」
四方八方から徒手空拳と基礎魔術が飛んできた。好き勝手に話していることに全く一貫性がないにもかかわらず、とても連携が取れていて人間に当たれば普通に脅威な威力だった。避けた。そんな我を見れば見るほどにどういうわけなのか目を輝かせる子供らはキャラキャラととても楽しそうである。今また作戦会議が始まったようだ。その間も我の足止め要員は牽制攻撃を怠らない。
……ふむ。もしやこやつら、王国騎士に匹敵するのではないか? シャーロットのお墨付きだという子供ら……。シャーロットは……何を育てようとしているのだ? 着々と私兵予備軍が出来上がってはいまいか? 現時点でランスリー邸の方が王城よりも防御力が高かったように我は記憶している。なのにまだ防御力を上げる気か? ジルファイスはそれを許容しているというのか?
ちらり、またシャーロットたちの方を見てみた。いつの間にか何かを諦めたらしい彼らは『シスター』なる女と談笑しており、ジルファイスに至っては、
「今日も皆、元気なようですね。いいことです」
とほほ笑んでいる。なるほど……あれが感覚の麻痺。我はまた一つ実感を得た。ともかくも、子供らの追撃がなかなかに刺激があるものになり始めたところで我らは室内破壊の可能性に気づいた。いや、この部屋の中には結界が張られており多少の事であれば動じないようだが……この結界の作成者はシャーロットではないようだ。魔力からしてあの『シスター』だろうか? まあ誰でもいいのだが、シャーロットが作ったのではない結界=脆いという方程式が我の中にあるのは誰も否定しなかった事実である。つまり、壊れる可能性がある、ということで。壊したら、子供らの技によったとしても我も一緒に怒られるわけで。それにそろそろ我の華麗なる空中武芸も自慢したいわけで。だから、その。子供らも、何人かは訴えていることだし、その。
「そろそろ外でのほうが楽しめるのではないか! なあ子供らよ!」
「行くー!」
「お外! お外! でっけー火の玉だす!」
「お外もねー、遊技場があってねー、シャロおねーちゃんがねー、」
「もっと早いの! 見たい!」
「お人形さんもってくの~。超強いよ~」
「そうであろう! そうであろう! はははははは! では!」
同意多数を得た我は策士であろう。子供らの主張、是にはシャーロットとて反対はしまい。我が一人で言ったところで「駄目よ、興味の対象を追いかけて何処までもいくくせにどの口が言うのかしら。貴方行方不明になる気なの?」と冷めきった瞳で一刀両断されるはずだ。……この道中、ちょっと己の欲望に忠実に興味の赴くままはしゃいだのは少々早計であったかもしれぬ。――だが! 我には今、子供たちという強い味方がいるのだ!
「シャーロッ……シャロ! 我らは外の遊技場なる場所で……」
が。
「駄目よ」
一刀両断だった。