4/33 目的があるならば選べ、
さて、気を取り直して孤児院内である。完全に同レベルではしゃいでいるエイヴァには、魔術を絶対に使わない事、子供に触る時は力加減を大切に、絶対に絶対に絶対に力に訴えないことを厳命している。むしろ先ほどから尋問染みた会話をしている間も私たち三人からエイヴァへの監視には余念がない。私が魔術、ジルが力、エルが発言。それぞれ注視していて、やらかしそうになったらその瞬間、三人がかりの拘束・連行・隔離が発動する予定である。信用? 彼はとても残念なのでそれは難しいだろう。
ちなみにこの孤児院、先ほどの私とシスターそして子供たちとのやりとりからわかるように私と付き合いのある場所の一つなのだ。……本日の企画、『エイヴァと街に行ってみよう』の行先には物議をかもした。大体、街や市井の暮らしに関してはエルが教えてはいるが……知識を活用できない阿呆がエイヴァという生き物なのである。
「アホがアホをやらかす可能性が高すぎますわよね。いきなり大人と会話させて暴力沙汰を起こされたら目も当てられませんわ。記憶を消せば問題ないなどと愚かな学習をしてしまうにきまっています」
「全面的に同意しますよ、シャロン。三か月前彼のことを報告した時さすがに頬をひきつらせて頭を抱えようとした陛下に向って『貴様』発言から始まり『シャーロットと似た空気を感じる。外道の心を持っているのか?』と爆弾発言をかましたこと私は忘れません。あんな真正の無礼者は初めて見ました。まあ陛下は爆笑していましたがあれは陛下だからです」
「そうね、国王陛下ですもの。でもその発言は初耳ですわ。ごく自然に私は外道だと言い切っているところに本音を感じますわね。後で絞めておきましょう」
「三か月越しに暴露されてエイヴァ君も予想外の危機だね。でも自業自得かな? ……エイヴァ君の交流、大人がだめなら子供だよね」
「まあ、精神年齢的にもそれが釣り合っていると思うわ。だってとてつもなく長生きをしていたくせにというべきなのか、それともだからこそ一周回ってそうなったのか、彼、好奇心がいっぱいの幼子のようなのだもの」
「大人と話すのは、無理だよね」
「無理ですね。そもそも話を聞きませんからね、エイヴァは。同じくらい自己主張をする子供か、逆にとてつもなく広い心と些細なことを気にしない大雑把さと彼の話についていける博識さを兼ね備えた大人でなければ難しいでしょう。そして、後者を探すことは時間がかかりすぎます」
「ジル……貴方、かわいそうに、そんなにもエイヴァを理解できているのね」
「そうなんですよ。どこかの御令嬢が三か月ほど前に言葉巧みに王族と国家中枢を丸め込んで彼を王城に押し付けたのもので。鮮やかなお手並みでした」
「素敵なお話ですわ。まあそんなことはどうでもいいのです。議題は出先をどうするか。……私知り合いは多いのですけれど……正直なお話、一般人の子供数人ではエイヴァの相手など荷が重いでしょう」
「そうですね……積極性の強い子が望ましいですが、エイヴァの好奇心と行動力と突拍子のなさはあまりにも突出していますからね。二、三人ではお話にならないでしょう」
「町の子たちに集まってもらう……っていうのも……シャロンならできそうですけど、現実的じゃないですよね。人数が多すぎたらそれはそれで目が届かないところも増えますし、集まってくれる子たちが全員仲がいいとも限りませんし」
「「「ふむ……」」」
――と、こうして厳正な話し合いと前提条件、様々な都合をすり合わせ、今回の孤児院訪問と相成ったのである。それが一週間ほど前の話。一週間ですべての手配を完了したのはひとえにかかわった人間がそれぞれに有能だったからである。何より面倒臭かったのは子供に対して力に訴えてはいけませんという厳命を白く美しい阿呆の頭と体に叩き込むことだったのだが。なぜ彼は知識を実行しようと思い至ることができないのか……長年の怠惰が原因か。
ともあれ。
この孤児院、実はランスリー家が寄付をしている……というか、懇意にしているというつながりから選ばれた。どこら辺が懇意って、私たちを朗らかな微笑みで出迎えてくれたシスターその人が実はこの孤児院の院長なのだが、私の母・ルイーズ・ランスリー公爵夫人の長年の友人でもあるのである。よって私とも幼少期―――そう、黒歴史的人見知り内弁慶時代にも面識があり、むしろ私の拗らせ切った人見知りを何とかマシにしようとしていた父と母に連れてこられていたのである。私同様に魔術に関しては頭一つ抜けていた父公爵による個人転移移動を駆使していたため私は領地どころか屋敷から出たという認識も当時はなかったのではあるが。
……まあなんであれ、そんな感じでこのシスターは付き合いも長く気心も知れているどころか私の覚醒豹変事件にも遭遇してそれを受け流しきった女傑である。院の子供たちはひそかに彼女を『女帝』と名付けている。よって彼女は私の身分ももちろんエルの身分も知っている。流石にジルのことは『高位貴族』としか伝えてはいないが恐らく薄々察してはいるだろう。この孤児院は王家からの援助も受けている中々規模の大きいところなのだ。
なお、エイヴァに関しては捏造の身分設定を話して『他国からやってきた平民の友人に街を案内している』という体を取り繕っている。ジルが王子であることは看破されても問題はないし、そんなことで今更動揺する御仁ではないのだが、太古から生きている上に割と最近やらかしている『魔』はちょっとハードルが高い。だって子供たちがいるし。
まあそこは私たちも万全を期している。事前準備超がんばったし、ここに私とジルとエルがそろっているし、子供たちは私から遊びという名の英才教育を受けた無邪気で愛らしく容赦がない秘蔵っ子である。だからこそ子供たちは今楽しそうだ。同レベルではしゃいでいる原因はエイヴァの精神年齢が幼いことの外に子供たちの能力が高いことも起因しているのである。
まあ、『ここ』にした理由というか目的はもう一つ、あるのだが―――――。